2015年04月20日

アバド&ベルリン・フィルのマーラー:交響曲第5番


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アバドはレパートリーがきわめて広範であるために、一般的にはそのような認識がなされているとは必ずしも言い難いが、いわゆるマーラー指揮者と評しても過言ではないのではないだろうか。

マーラーの交響曲全集を1度、オーケストラや録音時期が異なるなど不完全な形ではあるが完成させているし、その後も継続して様々な交響曲の録音を繰り返しているからである。

ライバルのムーティが第1番しか録音していないのと比べると、その録音の多さには際立ったものがあり、こうした点にもアバドのマーラーに対する深い愛着と理解のほどが感じられるところである。

アバドのマーラー演奏の特徴を一言で言えば、持ち味の豊かな歌謡性ということになるのではないか。

マーラーの長大な交響曲を演奏するに当たって、アバドの演奏はどこをとっても豊かな歌心に満ち溢れている。

したがって、マーラー特有の随所に炸裂する不協和音や劇的な箇所においても歌謡性を失うことがいささかもなく、踏み外しを行ったりするなど極端な表現を避けているように思われるところである。

もっとも、アバドもベルリン・フィルの芸術監督に就任するまでの間にシカゴ交響楽団などと録音された演奏では、持ち前の豊かな歌謡性に加えて、生命力溢れる力感と気迫に満ち溢れた名演の数々を成し遂げていた。

しかしながら、ベルリン・フィルの芸術監督就任後は借りてきた猫のように大人しい演奏が多くなり、とりわけ大病を克服するまでの間に演奏された本盤の第5番は、物足りなさ、踏み込み不足を感じさせる演奏であったとも言える。

アバドはその後、大病にかかる直前、そして大病降伏後の演奏では、豊かな歌謡性に加えて、楽曲の心眼に鋭く踏み込んでいくような彫りの深さが加わったと言えるところであり、特に、ベルリン・フィルとの第3番、第4番、第6番、第7番及び第9番、ルツェルン祝祭管との第2番は圧倒的な名演に仕上がっている。

しかしながら本演奏も、彫りの深さといった側面ではいささか物足りないという気がしないでもないが、今日の耳で改めて聴いてみると、かかる欠点は殆ど目立つことなく、持ち前の豊かな歌謡性が十分に活かされた素晴らしい名演に仕上がっていると評価したい。

これほどまでに、歌心に満ち溢れるとともに情感の豊かさを湛えている同曲の演奏は類例を見ないところであり、バーンスタインやテンシュテットなどの劇的な演奏に食傷気味の聴き手には、清新な印象を与える名演であると言っても過言ではあるまい。

もっとも、こうした細やかな配慮の行き届いた演奏であっても、根源的な音楽の力感ともいうべきものがいささかも失われていないのである。

アバドの意図を汲み最高の演奏で応えたベルリン・フィルに対しても大いに拍手を送りたい。

欲を言えば、現在のアバドなら、さらに楽曲の心眼に鋭く踏み込んでいくような彫りの深い演奏が可能であると思われるところであり、出来得ることならば再録音を望みたいと考える。

録音は従来盤でも十分に満足できる音質であったが、今般のSHM−CD化によってさらに鮮明な音質に生まれ変わった。

アバドによるこのような名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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