2015年08月04日

キーシン&デイヴィスのモーツァルト:ピアノ協奏曲第24番、シューマン:ピアノ協奏曲


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着実に録音活動をこなしている成長著しいキーシンのモーツァルトとシューマンの協奏曲であるが、キーシンの確かな円熟を感じさせる名演だ。

モーツァルトにもシューマンにも言えることであるが、キーシンは、実に精緻で丁寧な表現を心がけているようである。

リリースされてみると、なるほど、と思うほどにキーシンの個性が引き出された演奏であり、それに適した楽曲だったのだと思う。

キーシンの演奏は、例えば、以前弾いていたシューベルトのソナタなどは幾分型にはまりすぎて、単調な物憂さが残ったけれど、このモーツァルトとシューマンは実に素晴らしい。

実際、キーシンのピアニズムはモーツァルトによく符合するのであろう。

きわめて平衡感覚の強い音感と、ピアニスティックな美しさ、そしておそらく常にその音楽性を支えている古典的な教養があると思う。

そうして引き出されるモーツァルトの世界は、なかなかいい意味で辛口で、「大人のモーツァルト」になっている。

ため息がでるような、硬質で粒揃いの音、甘さを抑えたモーツァルトならではの音、その音で弾くスケールの美しさは鳥肌が立ち、端正な中にも優しく、柔らかい旋律が心地よい。

いわゆる「遊戯性」のようなものはほとんど感じられないが、純粋に突き詰められた音楽で、高貴な香りと崇高な気品がある。

ひそやかな中に秘めた情熱を感じるモーツァルトで、音楽に携わっている長いキャリアと超人的なテクニックがあってこそ、ピアノの音に語らせることができるのだろう。

時折見せる力強い打鍵や、モーツァルトの音楽特有の高貴にして優美かつ繊細な抒情の表現にもいささかの不足はなく、要は、いい意味での剛柔バランスのとれた演奏を行っているのである。

デイヴィスの指揮もそのようなキーシンのピアニズムをサポートしたのだろうか、かつての彼に比べると、いくぶんシックな色合いで、落ち着いた、部分的に固めなサウンドである。

ロマン派の代表的なピアノ協奏曲といえるシューマンでも、キーシンとデイヴィスのアプローチはモーツァルトと共通しており、そこでは自由な華やかさより、拘束のもたらす規律正しい気品に満ちている。

キーシンが体当たりしてくるような若いころのシューマンの演奏もそのけなげさに切なく胸を打たれたが、今回のシューマンは、一流のピアニストの余裕がすみずみに感じられ安心して演奏に浸れる。

特に曲の始めの部分の弾き方に今回の違いが物語られていると感じた。

人をそらさない拍子の確かさや、七色に変化する音は従来通りだが、音の厚み、迫力が増し聴く者の心に絡んでくる。

あたかも曲の途中で席を立つことができないほどの緊張感を持っていて、畏怖を感じるくらいだ。

そして全般を通してライヴ録音とは思えないほどの客観視を感じるのもこの演奏の特徴だろう。

オーケストラのサウンドもそれぞれの楽器がその役割に徹した感があり、禁欲的とも言える響きであるが、それゆえの内省的な美しさが隅々まで満ちている。

キーシンも、40歳を越えて、神童と言われ、どのような弾き方も許される時代はとうに過ぎ去ったと言えるが、本名演を耳にして、キーシンも、更なる芸術家としての高みに向けて、確かな一歩を踏み出していることを大いに確信した次第である。

筆者にとっては、類稀な才能を持つキーシンの新しい領域を感じる1枚となった。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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