2015年06月09日

マゼール&ウィーン・フィルのドヴォルザーク:交響曲第7番、他


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「第7」はマゼールとウィーン・フィルの美質と威力を最大限に発揮し、それをマイクが見事に捉えた名レコードである。

同曲はドヴォルザークの全交響曲の内でも、その恩師ブラームスの影響が最も大きく開花した傑作で、その後の「第8」「第9」に見られる民族的抒情性が抑制され、構築的な、よく書き込まれた作品となっている。

マゼール&ウィーン・フィル盤は、この曲のそうした側面を見事に引き出した名演。

特に第1楽章での、流麗なフレーズと、とつとつとしたブラームス的な後ろから押し上げる音型との対比は鮮やか。

冒頭からマゼールの表現は極めて繊細で、細かい部分まで磨き抜かれており、いつものマゼール調だな、と思う間もなく、分厚いホルンの強奏がすばらしいメリハリの効果を伴いつつ登場するに及んで、これがマゼールとウィーン・フィルの協同作業であることを思い知るのである。

マゼールはクリーヴランド管弦楽団を振るときとウィーン・フィルを振るときでは明らかに音楽作りが違うのだが、この「第7」の場合は特にそうで、テンポも急がず、じっくり運んでおり、全体の音色感の味の濃さはウィーン・フィル以外の何者でもない。

こくのある金管、感受性ゆたかな木管群、そしてしなやかで上品な弦楽器、このような最上等のオケを前にしたマゼールは、ちょっとしたルバートにいつもの彼からは考えられない懐かしい情感を漂わせるのだ。

緩徐楽章に入るとウィーン・フィルの音色美はいよいよ勝利を収め、マゼールのキメの細かな表情づけがウィーン・フィルののびやかな音色と相俟って美しい。

ボヘミアの森の雰囲気満点なウィンナ・ホルン、純粋なみずみずしさの限りを尽くすヴァイオリン、牧童の吹く笛のようなオーボエ、チャーミングなフルート、そのいずれもが大変な耳の御馳走となる。

そして何よりも奏者ひとりひとりが身体に持っている歌! それは指揮者マゼールを超えて聴く者の胸を打つのである。

スケルツォからフィナーレにかけては、オケの威力とマゼールの棒の冴えが一体となって、管弦楽演奏の醍醐味を満喫させてくれる。

マゼールの表現の細かさは、スケルツォ冒頭のセカンド・ヴァイオリンの生かし方ひとつ、ファースト・ヴァイオリンの敏感、強烈なクレッシェンド、デクレッシェンドひとつをとっても明らかだが、ウィーン・フィルも水を得た魚のように力を増し、フォルティッシモの鳴り切り方は天下一品だ。

最高の充実感を誇り、決してうるさくなく、そしてギクシャクした情熱を繰り返しぶつける終楽章まで、一貫してブラームスの「第3」を思わせるような濃厚な演奏に徹して成功している。

しかもフィナーレに入ると弦もティンパニも精神を燃えたぎらせて、少しも綺麗事でない迫力を鳴り響かせる。

これでこそドヴォルザークは生きるのであり、その点では往年のケルテスとの《新世界より》以来ではあるまいか。

そしてこのようなトゥッティの分厚さの中を泳ぐ木管ソロたちの魔法の魅惑、チェロやヴィオラの訴え、特にフィナーレ冒頭の何というチェロのエスプレッシーヴォ!

それらをまとめるマゼールの表現もさらに巨匠性を加え、語りかけるようなテンポの動きを与えながら全曲のクライマックスに到達するのである。

一見個性的だが、筆者に「第7」の魅力を知らしめてくれた名録音であり、この曲の本質をよく捉えた唯一無二の超名演と評しても過言ではあるまい。

併録されている「第8」については、他にもセル、カラヤン、クーベリックなどによる名演盤が競合しており、必ずしもマゼール盤が随一の名演とは言えない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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