2015年07月16日
ヴァント&ミュンヘン・フィルのブルックナー:交響曲第8番[SACD]
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ヴァントが晩年にミュンヘン・フィルと録音した一連のブルックナーの至高の超名演は、従来CD盤でも十分に満足できる音質であったが、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD化されたというのは何という素晴らしいことであろうか。
音質は、従来CD盤からして比較的良好な音質であったが、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD化が行われることによって、ベルリン・フィル盤と同様に更に見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。
音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。
長年に渡ってチェリビダッケに鍛え抜かれたミュンヘン・フィルを指揮していることもあって、演奏全体に滑らかで繊細な美感が加わっていることが特徴。
ブルックナーの「第8」は、まぎれもなくブルックナーの最高傑作であると思うが、それだけに、ヴァントも、ライヴ録音も含め、何度も録音を行ってきた。
しかしながら、ヴァントの厳格なスコアリーディングによる眼光紙背に徹した凝縮型のアプローチとの相性はイマイチであり、1993年の北ドイツ放送交響楽団までの録音については、立派な演奏ではあるものの、やや面白みに欠けるきらいがあった。
しかしながら、本盤のミュンヘン・フィルとの演奏と、この数カ月後のベルリン・フィルとの演奏の何という素晴らしさであろうか。
神々しいばかりの超名演と言っても過言ではあるまい。
ヴァントは、これまでの凝縮型のアプローチではなく、むしろ朝比奈隆のように、より柔軟でスケール雄大な演奏を行っている。
本盤は、ベルリン・フィル盤に比べると音質にやや柔和さが見られるが、このあたりは好みの問題と言えるだろう。
これまで発売された他のオーケストラとの共演盤に較べて、艶の乗った響きの官能的なまでに美しい感触、多彩に変化する色彩の妙に驚かされる。
もちろん、ヴァントの持ち味である彫りの深い音楽造りは健在なのであるが、そこに明るく柔軟な表情が加わることで、他盤とは大きく異なる魅力を発散しているのである。
微動だにしないゆったりとしたインテンポを貫いているが、同じミュンヘン・フィルを指揮したチェリビダッケの演奏のようにもたれるということもなく、随所で見せるゲネラルパウゼも実に効果的だ。
音質が良いせいか、ヴァントの演奏としては思いのほか木管楽器の主張が強いことも、演奏全体により多彩な表情を与えているようだ。
ヴァント自身もここではテンポの動きを幅広く取って、非常に息の長い旋律形成を試みており、それぞれのブロックの締め括りに置かれたパウゼが深い呼吸を印象付けている。
深く沈み込んでいくような美しさと、そそり立つ岩の壁を思わせる壮大な高揚とが交錯する終楽章は中でも素晴らしい出来栄えである。
最後の音が消えてから約10秒後、それまで圧倒されたようにかたずを飲んでいた会場が、やがて嵐のようなブラヴォーに包まれていく様子がそのまま収録されていることも印象的で、当日の聴衆の本名演に対する深い感動が伝わってくる名シーンだ。
いずれにしても、ヴァント&ミュンヘン・フィルによる至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したいと考える。
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