2015年06月21日

アバドのシェーンベルク:グレの歌


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音楽の偉大な革命家シェーンベルク。

しかし革命以前の彼には、後期ロマン派の手法による名作がある。

1つが《浄められた夜》、もう1つが《グレの歌》。

3部から成る《グレの歌》は、演奏に2時間を要する大作で、後期ロマン派の最大傑作といわれるだけあって、スケールの大きさと濃厚な内容を兼ね備えている。

男声四部合唱三組、混声八部合唱、それに大編成のオーケストラを使ったこの曲は、音楽における1つの時代の終わりを告げているが、同時に、シュプレヒゲザングの手法の導入などにより、新しい世界に向かっての出発点にもなっている。

シェーンベルクは死の翳りにどっぷり浸かったマーラーの《嘆きの歌》の強い影響と、世紀末的な耽美趣味のなかでこの曲を生み落とした。

一方、爛熟し肥大化したロマン主義を脱皮して、知的で新鮮な音楽の創造に向かう道も模索していた。

この曲はまさにダンテの「暗い森」のなかの彷徨をあらわしており、死への惑溺から抜け出し、生への道を模索する願望を濃厚に映している。

演奏はその過程をどうとらえるか、アバドの録音は死への気だるい耽美に浸るよりは、その冷たい感触のなかに生の新鮮な息吹を見出そうとしている。

腐った果実の芯に宿る固く冷たい種から新しい芽が吹くような、そんな「新生」の期待のこもった清々しさがここに聴きとれる。

マーラーの録音が一段落すると、指揮者たちは次の階梯とも言える《グレの歌》に取り組み始めた。

しかも心のロマンをかき立てられるような内容だから、これを見事に振れば指揮者冥利につきるだろう。

やりがいのある作品だけに録音は多く、知的なもの、パワフルなもの、野心的なものなど大指揮者たちのさまざまなアプローチがある。

1980年代後半から2000年代に立て続けにリリースされたインバル、シャイー、メータ、ラトルといった同曲の録音のなかでも、アバドのものは、大編成にもかかわらず、全体のバランスと声部の輻輳を多元的に整理しながら、シェーンベルクの膨大なスコアをくまなくクリアに立ち上げた点で特筆すべきであろう。

アバドは持てる力のすべてを投入して立ち向かい、ロマン的要素を浮かび上がらせて、親しみのもてる豊かな音楽として再現していて見事だ。

複雑なスコアから無類に明快で美しい音の流れを浮かび上がらせるアバドの手腕はここで最高度に発揮され、音々が細部まで息づき、個々に色彩を得、いとも見通しのよい超ロマンティックな織物へと姿を変えている。

埋もれがちな声部を前に出した、わかりやすい演奏なので、さぞかしこまやかなミキシング操作が施されたのだろうと思っていたら、実演でもそれが達成されていて驚いた経験がある。

印象派の洗練を全身に受けた後期ロマン主義といった感さえある《グレの歌》の世界。

この演奏を聴いていると、この曲の中にひそむ「トリスタン」的ないし「パルジファル」的な要素とは別の、さらに実り豊かな美質がみえてくるような気がしてくる。

配役も強力な布陣で、王の苦悩を表現するイェルザレム、王が魅了されたトーヴェを美しく歌うスウィート、人気のある山鳩の曲を深みのある声で歌い上げたリポヴシェク、道化クラウスのきわどい歌を性格表現に長けたラングリッジが雰囲気豊かに表現するなど、その歌唱は高水準な仕上がりとなっている。

ウィーン国立歌劇場合唱団の他、響きの純度の高さでは定評のあるアルノルト・シェーンベルク合唱団とスロヴァキア・フィルハーモニー合唱団を起用した合唱パートも秀逸で、場面に応じた巧みな表現力で演奏の大きな牽引力ともなっている。

《グレの歌》演奏の現在の到達点を示した録音だ。

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classicalmusic at 20:49コメント(5)トラックバック(0)シェーンベルク | アバド 

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コメント一覧

1. Posted by Kasshini   2014年07月23日 10:21
昨日購入して、今朝さっそく聞きました。
後期ロマン派の作品で、管楽器の合奏で、ヴィーンフィルのオルガントーンが聴けたことに驚いています。マゼールのマラ8でも聴いた記憶がありません。
音響的ダイナミクスは上をいく録音があるきがしますが、この演奏はとても精緻で美しいですね。歌唱陣はインバル、ラトル盤と比べて突出している印象はありませんが。個人的には女声のシュプレヒゲザングもいいなと感じました。近年、女声が増えているらしいですが。
2. Posted by 和田   2014年07月23日 21:04
<グレの歌>こそは、音楽の革命家シェーンベルクの青春の記念碑ですよね。
ロマンティックな若い芸術家は、自己の想像力を無限に飛翔させようと欲し、それが天才性と結びついたとき、その結実は壮大なスケールのユニークな作品となりました。
音楽の規模と複雑さにおいてはマーラーやR.シュトラウスさえ凌駕し、ロマン主義的な表現の激しさではワーグナーさえ凌いでいると思われます。
本文にも書いたとおり、私はアバドの実演で、まさに心のロマンをかき立てられました。
これを聴くと、この膨大な交響的カンタータは、19世紀の音楽的伝統の究極的な総合であるばかりでなく、後期ロマン派の音楽的思考の圏を遥かに抜け出てさえいる傑作であることを痛感させられます。
3. Posted by Kasshini   2014年08月11日 14:38
この曲の第1部のソリストの橋渡しは、マーラーのリートをもとに発展していき、ツェムリンスキー抒情交響曲につながるものを感じます。
また全体を見渡せば、太陽の動機・愛の動機とそれらの対旋律を止揚発展ともとれ、展開部、スケルツォ、アダージョ風の場所が見られると考えると、貴ブログで取り上げていない作曲者になりますが、シュレーカー、ベルクのオペラにおける劇と交響的形式の一致の先駆とも取れ、後期ロマン派のベースを変えなければ、シェーンベルクの2つの室内交響曲路線、マーラー交響曲第10番似られる調的トーン・クラスター、シュレーカー・コルンゴルトの交響曲のように多調性、他旋法以外の展開しかないことに気付いていたのかもしれませんね(続)
4. Posted by Kasshini   2014年08月11日 14:44
そう捉えていくと、ロマン派の集大成として語り継がれていく理由も、見えてきます。
マーラー以降のポスト・ロマン派の売れっ子たちは、ナチスの弾圧によって、歴史に埋没、しました。もちろん、マーラーもユダヤ系として埋没したわけですが、シェーンベルクは、現代音楽の祖として、またアメリカに移住に成功し、そんな彼が、ヴァーグナー以降のロマン派の集大成としてグレの歌を書き残し、同時代のロマン派のオペラ・器楽作品を聴くと、その影響が色濃くあり、類似作品として見られがちであることが、再評価が遅れている理由に思えてきました。
映画音楽にも生きていて、まさに、19世紀の音楽的伝統の究極的な総合であり、20世紀音楽の起点に思えてくるのですが、どうでしょうか。
5. Posted by 和田   2014年08月11日 15:24
12音技法という、それまで誰も企てなかった新しい音楽を創始したシェーンベルクは、後期ロマン派から現代音楽へと移り変わろうとする時代に、重要な働きをした大作曲家でした。
頽廃と官能に満たされた後期ロマン主義音楽の残照ともいうべき大作である《グレの歌》は、仰せの通り、「19世紀の音楽的伝統の究極的な総合であり、20世紀音楽の起点」であると考えられます。
音響効果に表現の多くを依存する現代の音楽も、シェーンベルクなくしては語れないといってよく、もっと高く評価され、多くの音楽愛好家に聴いてもらいたいと思うところです。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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