2015年06月18日

ルフェビュール&フルトヴェングラーのモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番「K.466」、他


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



フルトヴェングラーの死の年、ベルリン・フィルとの最後の演奏旅行中、ルガーノのテアトロ・アポロにおける実演を録音したものだが、フルトヴェングラーのすべてのディスクの中でも特別の意義を持つ、屈指の名盤と言えよう。

フルトヴェングラーはモーツァルトにあまり深い愛着を持っていなかったらしく、「魔笛」の序曲を犇擬蕊の音楽瓩覆匹噺討鵑任い燭修Δ如遺されたCDもフルトヴェングラーの実力から考えると、信じられないくらいつまらない。

ところが、フルトヴェングラーはやはり天才であった。

死の6ヵ月前に至って、ついにモーツァルトを自分のものにしてしまったのである。

こんな調子で「ジュピター」や「レクイエム」などを遺しておいてくれたら、という愚痴も出るが、今となっては仕方がない。

当時のフルトヴェングラーはかなり耳が遠くなっていたそうで、カール・ベームによればフルトヴェングラーの死は自殺同然だったという。

それが本当ならば、フルトヴェングラーの時代が終わったという認識も大きな原因の1つだろうが、耳が聞こえなくなったことも絶望感も深めたのであろう。

しかし、この「K.466」において、フルトヴェングラーはそんなことは到底信じられないほど強力にオーケストラを統率し、ルフェビュールのピアノと有機的に絡み合ってゆく。

この曲の他のディスクと聴き比べてもフルトヴェングラー盤だけはまったくの別世界なのである。

犁澆い茲Δ發覆へ嶝瓩噺世辰燭蕕茲い里世蹐Δ、他の演奏ではそこここに感じられる爛癲璽張.襯箸量悦瓩まるでないが、音楽として結晶され尽くしているせいか、少しも嫌ではなく、演奏者とともに嘆きつつ、モーツァルトの本質(人生の本質)を垣間見る想いがする。

第1楽章の冒頭からして、フルトヴェングラー自身の声のような、切れば血の出るひびき(あのホルンの強奏!)が聴かれ、まぎれもないフルトヴェングラーのモーツァルトであるが、それが音楽を傷つけるよりはいっそう生かす結果となっている。

フルトヴェングラーにはもはや聴衆など眼中にないように思われてくる。

あれほどの舞台芸術家で、実演において初めて燃えるタイプのフルトヴェングラーが、今は自分のために演奏する。

まことにこれは、爐海寮い悗侶輅未琉篏餃瓩任△蝓堕落を続ける20世紀の音楽界にたった1人で立つ猗犲身へのレクイエム瓩紡召覆蕕覆ぁ

音楽はこの上もなく孤独であり、厳しさのかぎりを尽くし、ヴィブラートは内心の慄きを示してやまない。

いかなる細部もフルトヴェングラー独特の感受性によって映し出され、わけても再現部における弦の伴奏部が、これほど生き物のようにピアノを支えた例は他に決してなかった。

第2楽章も痛ましくはあるが、音楽美として純化され、凛々しさを獲得した倏鯆擦硫劉瓩任△蝓▲侫ナーレももちろん見事だが、筆者にはやはり第1楽章が忘れられない。

晩年のフルトヴェングラーは次のように述べている。

「形式は明確でなければならない。すっきりとして枯れていて、決して余分なものがあってはならない。しかし炎が、炎の核があって、この形式をくまなく照らし出さなければならない」(カルラ・ヘッカー著、薗田宗人訳、『フルトヴェングラーとの対話』)。

まことに「K.466」はこの言葉への理想的な実証である。

イヴォンヌ・ルフェビュールは、1904年生まれのフランスの女流で、日本ではまったく知られていないが、さすがにフルトヴェングラーが選んだだけあって、見事なモーツァルトを聴かせてくれる。

デモーニッシュな大きさには欠けるが、巨匠の造型の中にぴったりと入り込み、指揮者との魂の触れ合いが芸術的感興に聴く者を誘うのだ。

やや冷たい、小味な音は澄み切ってモーツァルトの心を伝え、多用されるルバートも決してべたつきはせず、時には劇的なフォルテも見せるのである。

第2楽章の中間部やフィナーレあたり、女流らしい弱さがあるが、その代わり感じ切ったピアニッシモの美しさは絶品というべく、フルトヴェングラーとともに、肺腑を抉るような哀しさが、しかも超俗の雰囲気を湛えて、比類もない高みに到達している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:44コメント(0)トラックバック(0)フルトヴェングラー | モーツァルト 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ