2015年06月07日

フルトヴェングラー&ベルリン・フィルのシューベルト:交響曲第8番「未完成」、ブラームス:交響曲第4番(1948年ライヴ)


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シューベルトの「未完成」は、いかにもフルトヴェングラーらしい名演である。

彼はこの曲を振る前は、そわそわと落ち着かなかったそうだが、曲想が彼の表現とぴったりと合致していないので、演奏しにくかったのだろうと思う。

しかし、このCDは、一応やりたいことをやり尽くし、フルトヴェングラーなりにきわめ尽くしている。

第1楽章は音楽が地の底から湧き起こるように開始され、フォルテの凄絶さはその比を見ない。

ホルンとバスーンによる経過句で大きくリタルダンドし、第2主題を導き出すのもフルトヴェングラーらしいが、チェロの弾く第2主題の翳の濃い表情は、ほかの指揮者からは聴けないものだ。

この主題、たいていの指揮者はピアニッシモの指定にとらわれてしまうからであろう。

つづくヴァイオリンの心のこもったレガートも美しい。

その後の漸進を伴った、しかもスムーズな進行も聴きもので、フルトヴェングラーの魂が次第に高潮し、燃焼していくさまが目に見えるようだ。

そして提示部の終わりで第2主題が現れる部分のヴィブラート奏法は、彼ならではの温かさであり、造型上にも一分の隙さえない。

展開部はフルトヴェングラーと未完成交響曲との厳しい対決であり、真剣勝負である。

これこそ時代の流行を超えた狄深造良集臭瓩任△蝓△修譴罎┐坊茲靴童鼎ならない生命力が燃えたぎっている。

大きくテンポを落とした、ものものしい終結とともに、聴く者の魂を奪うに充分なものがあろう。

第2楽章はテンポが速く、淡々とした運びの中にあふれるような歌を込めた指揮ぶりであり、テンポの微妙な変化はフルトヴェングラーの息づきのように自然だ。

フォルティッシモは相変わらず物凄いが、力づくの迫力ではないので、切れば血の出るような有機性を絶えず保っているのである。

ブラームスの「第4」も、フルトヴェングラー一流の味の濃さと、気迫に満ちたベートーヴェン的な解釈で、1つのフレーズが次のフレーズを生んでゆく自然な音楽が湧出する。

第1楽章の最初のロ音(よくもこんな音が出せるものだ!)を聴いただけで、すでにフルトヴェングラーの世界に誘われてしまう。

彼はブラームスが書いた楽想を徹底して描き分けるが、リズミカルな部分がいくぶん硬く響くきらいもある。

コーダのアッチェレランドはまさに常軌を逸しており、音楽自体から考えて、ここまでやる必要があるのかどうかは疑問だが、興奮させることは事実であり、最後のリタルダンドがいかにも効果的だ。

第2楽章の旋律の密度の濃い歌い方は、フルトヴェングラーがブラームスの交響曲において特別に見せるものである。

第3楽章は実演における一発必中の表現で、情熱の爆発と強い意志による統制が両々相俟って、凄まじい力の噴出となり、終結の決め方(あのテヌートの巧さ!)など、ほかの誰にもできることではない。

第4楽章は第1変奏のものものしい表現にすべてが尽くされており、フルトヴェングラーの演奏に接するとほかの指揮者は生ぬるくてとても聴けない。

ここではこのようにやるべき音楽なのであり、こうでなくてはならないのだ。

第16変奏以後の推進力も素晴らしいが、第3変奏のヴァイオリンに極端なヴィブラートをつけたり、コーダの加速など、ブラームスとしてはやりすぎの部分もあり、筆者自身、手放しでフルトヴェングラーの演奏を謳歌するものではない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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