2015年10月31日

アバド&モーツァルト管のシューマン:交響曲第2番/歌劇「ゲノフェーファ」序曲/劇付随音楽「マンフレッド」序曲


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80歳で挑んだアバド初の録音になる周到無類なシューマン。

これまでにアバドがシューマンの交響曲に手を付けなかった理由は分からないが、このCDに収められた交響曲第2番と2曲の序曲には彼のスコアに対する周到無類の深い読みが実践されている。

試みに手元にあったムーティ&ウィーン・フィルが同じウィーン・ムジークフェラインのグローサー・ザールで1995年に録音したフィリップス盤と聴き比べてみたが、先ずテンポの設定が全体的にムーティの方が速く、ウィーン・フィルの音色自体が鮮烈なこともあって、あたかも明るく解放的な青春の瑞々しさを謳歌しているかのようだ。

一方アバドは表現上のデュナーミクだけでなく、楽器間のバランスのとり方でもムーティより遥かにきめ細かく、あらゆる部分に行き届いた指示を与えている。

モーツァルト管弦楽団も指揮者にぴったり付き添って寸分違わぬ再現に余念がないし、アンサンブルの力量ではウィーン・フィルに逼迫するほど精緻な合奏を聴かせてくれる。

実際ここ数年の彼らの成長振りには目を見張るものがあるし、アバドがこのオーケストラを大切に育ててきた理由も理解できる。

つまり一人歩きをするメジャー・オーケストラではなく、あくまでも自分の音楽性を100パーセント反映できる手作りの楽団のみが、当時のアバドにとっての手兵に成り得たのだろう。

交響曲第2番はアバド自身がその音楽の充実ぶりを賞賛しているが、彼が満を持してこの作曲家の大曲に挑んだのも長期間温めたアイデアを成就させるためだったに違いない。

それだけにやや遅めのテンポをとって、より熟成された内省的な表現があることも聴き逃せない。

金管楽器を巧みに制御して弦楽とのオーケストレーションの絶妙なバランスを保ってシューマン特有の音響を醸し出しているのもその一例だ。

また第3楽章の旋律を歌わせることにかけてはイタリア人指揮者のお家芸だが、ここでは決して晴れやかなカンタービレではなく、どこか憂いに苛まれるような心象を残している。

しかし終楽章のコーダへの集中力は凄まじく、思い切って打ち込ませるティンパニで全曲をカタルシスへと導く手法は感動的だ。

2曲の序曲はその曲趣から言ってもシューマンらしい中世騎士道的なロマンティシズムを湛えていて、荘重で暗雲立ち込めるようなただならぬ雰囲気が特有の渋い響きで表されている。

それはベートーヴェンの『エグモント序曲』にも先例が見られる叙事詩的な音楽への傾倒を更に推し進めたものとも思われる。

シューマンのオーケストレーションについては専門家からも非難の対象になっているのが実状だが、アバドの演奏はシューマンの書法を総て正当化してしまうだけの力量を示している。

つまり作曲家の管弦楽法はその未熟さ故の結果ではなく、ある特定の音響を得るために意識的に行われたものだということを納得させる好例だ。

収録曲は交響曲第2番ハ長調op.61、劇音楽『マンフレッド』序曲op.115及びオペラ『ゲノフェーファ』序曲op.81で、いずれも2012年11月にウィーンで録音された。

尚『マンフレッド』のみがセッションで他の2曲はライヴから採られている。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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