2016年02月24日

シゲティのバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ


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これはたいそう独自な存在感をもったアルバムだ。

バッハが後世に遺した最も驚くべき金字塔のひとつ、BWV1001〜1006に関しては、ほとんどあらゆるレコードを聴き味わってきたつもりであるが、その中で最も奏者の、ひいては人間の“心の声”を実感させてくれた演奏と言えば、それはシゲティのものにほかならない。

とはいえ、本盤の演奏内容は、たぶん、評価が極端に分かれる結果となるだろう。

音は必ずしも美しくなく、ときにきつくなる要素を含んでいるし、テクニックも今日のレヴェルからすると必ずしも完璧といえるほどのものではなく、加えて録音も硬調でもう少し潤いといったものがほしい。

しかしながら、ここでシゲティがバッハの音楽に対して示す強い求心力は、今もって感動的である。

高い志をもちながら、妥協することなく、ひたすらバッハの音楽の核心に迫ろうとするシゲティのひたむきさ、深く、鋭い表現力は聴き手の心を強くとらえてやまない。

音楽に精神主義というものがあるならば、さしずめシゲティはその代表といえるだろう。

とくに晩年の演奏はその比類のない集中力の強さで、その強靭な演奏は触れれば切れるほど鋭く、率直に作品の本質に迫ろうとする姿勢が、聴き手を説得せずにはおかない。

このバッハはそうしたシゲティ67〜68歳時の傑作と言える。

これらの曲を発掘して、その素晴らしさを現代人に教えた当人の演奏だけに、晩年近づいてからのシゲティの録音のなかでは技巧の衰えも比較的目立たない。

この6曲はあらゆる音に燃える気迫があり、深い意味と心情の表出がある。

たんなる表面的な美感を越えた、内部から語りかける音楽である。

ひたすらバッハの音楽の核へと踏み込んでいこうとするシゲティの気迫には、今日の多くの演奏家らが失ってしまったような、ただならぬ説得力があると言えよう。

つねにすらすらとよどみなく、万人の耳に快い、力強くまろやかな音色で語るのが雄弁術の極意だという。

だが、人間が己れの内奥の真実を世に告げるために、そのような雄弁は果たして必要なのだろうか? 本盤の演奏を聴くたび、改めてそう思う。

自分が信ずる牴山敕真実瓩鯢集修靴茲Δ箸垢襯轡殴謄の弓と指は、表面的な完全さや洗練を目指さない故にこそ貴い。

このことを把握して聴くなら、シゲティの音と表現の意味深い猗しさ瓩呂泙気靴非凡なものだ。

ここでは、1フレーズ、1音が、それこそ魂から出た言葉として響き、その“意味”を伝えるためにこそヴァイオリンは鳴っている。

いったんそのことに気づき、その“言葉”がわかると、シゲティの音を「きたない」などとする批評が、いかに皮相なものにすぎないか、よく理解されよう。

技術的には押しなべて高くなり、録音もよくなったにもかかわらず、聴き手に強い感動を与えるようなバッハと接する機会が著しく少なくなってしまった今日だからこそ、あえて当シゲティ盤に最注目する価値は高まっていると言えよう。

もちろん、技術面の完全さは音楽に必要だが、稀にはそれを超える感動も、たしかに存在する。

もとより、視点や趣味により評価はまちまちであろうが、これほど心を打つ演奏、心の奥底に訴えかけてくる演奏は稀だ。

彼以後に、もうこのようなバッハはない。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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