2015年09月02日

ブレンデルのベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集(新盤)


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ブレンデルの3度目のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集で、どのソナタも初めて聴くかのような感銘を与えてくれる。

一定の間隔を置いてベートーヴェンに集中することによって芸術的洞察を深めピアニズムを磨いてきたブレンデルだが、1992年から96年にかけて録音された最新のソナタ全集は、この名ピアニストが最円熟期を迎えて到達した人間的・芸術的境地を余すところなく伝えている。

ブレンデルにとって、ベートーヴェンが不可欠なレパートリーであることは、彼が、早くからソナタと協奏曲の全曲録音を完成し、その後も回を重ね、すでに協奏曲では4回、ソナタも3回、それを実現していることからも頷けるが、もちろん、それらが無為に重ねられたものではなく、それぞれに価値があるものばかりでなく、確実にそこに新たな成熟を加えてきたということは見逃せまい。

ブレンデルのベートーヴェンはドイツ=オーストリアの伝統的な演奏様式を背景に成立しているだけに、表現の普遍性と安定した構成感をそなえているが、3度目の全集録音になって初めて、極めてオリジナリティに溢れた独自な世界を開示するに至った。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは何度演奏してもその度に新しい発見があるという彼自身の発言通り、どんなに聴き慣れたフレーズからも意外かつ魅力的な側面が引き出されている。

とは言っても決して恣意的な自己顕示などではなく、あくまでも音楽そのものから湧き出た表現なのであり、また、ドイツの伝統的な演奏様式を背景に成立しているために、ある種の普遍性さえ備えている。

ヴィルトゥオーゾ的な効果や無意味な流麗さ、スマートさ、こけおどしの迫力やパッションとは違う。

どのフレーズの表現にもぶれがなく明快で、確かな意味が込められ、意外かつ新鮮。

その上、ベートーヴェンのヒューマンな温もりと機知に富んだフモールが感じられる。

この3度目のソナタ全曲は、彼が楽譜の背面までも読みつくしながら、決してベートーヴェン以外の何ものの介入も許さぬ厳正さと謙虚さをもった姿勢を貫いていることを思わせている。

ブレンデル自身が強調するところの作品の「性格」と「心理」の重視ということに応じて32のソナタのどれひとつとして同じパターンで処理されておらず、1曲1曲に瑞々しい感性と深い洞察が行き届いて、まさに32の異なる小宇宙が形成されているのである。

そして、その32のソナタの全体が人間の性格と心理、感情と理念の総覧、あるいは人間というものの内的な在りようの集大成として大きな宇宙を構築している。

ベートーヴェンという作曲家はかくも繊細で柔軟で敏捷に動く心の持ち主だったのかと改めて驚嘆させられる。

ベートーヴェンは、決して一枚岩の強固な精神で押しまくっていたわけではない。

ブレンデルのソナタ演奏はベートーヴェンの内面の深くも多彩なカレイドスコープを見事なまでに明らかにしてくれているのである。

それはまた、シュナーベル、バックハウスから出発した20世紀のベートーヴェン演奏の1つのブレンデル流の帰結であると同時に、21世紀に向けての新しいベートーヴェン演奏の出発点とも言えよう。

こうした伝統の上に立つ演奏家が、今や希少となっていることも気づかせる。

ブレンデルの総決算であるとともに、演奏史に永く残る不滅のベートーヴェン全集である。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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