2015年08月28日

クラウディオ・アバド追悼盤(ルツェルン音楽祭ライヴ録音集)


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2014年1月20日に惜しまれつつ亡くなった巨匠クラウディオ・アバドの追悼盤として、彼が残した数多くの名演の中から、アウディーテ・レーベルよりリリースされた初出ライヴ音源を収めた1枚。

ウィーン・フィルを振ったシューベルトの『未完成』が1978年、ヨーロッパ室内管弦楽団とのベートーヴェンの交響曲第2番及びワーグナーの『ジークフリートの牧歌』が1988年の、いずれも彼が常連だったルツェルン音楽祭からクンストハウスでの録音になる。

先ず音質についてだが、オリジナル・アナログ・テープの保存状態が良く、今回のリマスタリングによって良質の音響が再現されている。

勿論ふたつのコンサートの間には10年の隔たりがあるので後者のほうが音場の広がりと臨場感においてやや優っているが、どちらも鮮明な音質で破綻もない。

またルツェルン音楽祭の聴衆はマナーが良く、会場の雑音も極めて少ないのが特筆される。

尚拍手の部分は巧妙にカットされている。

シューベルトとの相性が抜群なウィーン・フィルとの『未完成』は第1楽章第2主題のテンポの遅さが意外だったが、オーケストラの瑞々しい音色の魅力を充分に引き出している。

第2楽章の微妙なダイナミクスの変化と対比で描き出す天上的な穏やかさと情熱的な世界は彼一流の指揮法だ。

後にアバドはヨーロッパ室内管弦楽団を指揮して、シューベルトの自筆譜を採用した形でも交響曲全集録音を完成させているが、そちらとの聴き比べも興味深いところだ。

またベートーヴェンにも共通して言えることだが、緩徐楽章での流麗なカンタービレの美しさはたとえようがないほどだ。

特に交響曲第2番ではドイツ音楽の重厚さや深刻さから解き放たれた、あっけらかんとするほどの屈託のなさが支配していて、確かに構築的な音楽ではないが、聴く者を疲労させない開放感と気前良く大音響を発散させるような輝かしい歓喜がある。

しかしそれは決して感性だけに頼った手法ではなく、音響力学の対比を考え抜いた極めて頭脳的なものであるに違いない。

『ジークフリートの牧歌』では森林の曙と小鳥達の囀りと言うよりは、青空の下の大自然をイメージさせるようなアバドらしい平明さの中に、伸びやかな歌心が活かされていてあたかもイタリア・オペラの間奏曲のようだ。

アバドは最晩年まで、若い音楽家たちとの活動にたいへん熱心であったことでも知られ、オーケストラの設立マニアで、ヨーロッパで幾つもの管弦楽団を新しく組織した。

彼らとの顔合わせでは、実に活き活きとした音楽を聴かせていたが、アバド自らが設立に関わったヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したベートーヴェンとワーグナーもそうした部分が良く出た内容。

それはとりわけ若い演奏家達に公開演奏のチャンスを与え、また一流のアーティストと共演させることによって音楽家としての経験を積ませるためで、後進の育成という面でもクラシック音楽界に大きな貢献をした指揮者だが、そのひとつがヨーロッパ室内管弦楽団で、このCDでもそのフレッシュな演奏が聴きどころだ。

技術的にも統制された機動力を発揮するオケで、アバドの要求にも良く応えている。

アバドを心から慕う若いメンバーたちの高い表現意欲と緻密なアンサンブルに、アバドもまた触発されて、透明なまでの美しさも印象的な、きわめて洗練された演奏が繰り広げられている。

尚写真入31ページのライナー・ノーツには独、英、仏語によるアバドへの追悼と、彼のルツェルン音楽祭における演奏活動についてのコメントが掲載されている。

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classicalmusic at 22:38コメント(0)トラックバック(0)アバド  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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