2016年01月01日

クーベリック&バイエルン放送響のマーラー:交響曲全集


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マーラーの理解にはロマン主義者であるとともに現代人であるという二元性が必要なのだが、クーベリックの演奏はその二元性をうまく釣り合わせている。

各部が精密で動きの明快な「復活」、複雑な音構成の処理の鮮やかな「第3」、旋律に左右されずに抑制した表現の「第4」、「第8」の構成力、「第9」の個々の楽章の多彩な表現などにクーベリックの特徴が出ている。

バーンスタインが作曲者とともに大声で泣いたり笑ったりするとき、クーベリックはマーラーとともにその苦しみに耐えるタイプである。

これほど、マーラーの傷つきやすい心に同調し、その悲しみをさらに掘り下げるような演奏も珍しい。

だから、メルヘンのような曲調の「第4」にもどこかに影が付きまとうし、「第6」のアンダンテも、恋をする甘美さよりも切なさや胸苦しさの方に重心が置かれてしまう。

クーベリックがどんなに微笑もうとも、その内面にある大きな傷を隠すことはできない。

まして、死を意識した「第9」「第10」になると、その同調の仕方は半端でなく、聴いている我々まで苦しくなってしまうほどだ。

「一緒に苦しむなんて御免こうむる」という理由から、筆者は長年、この全集を我が身から遠ざけてきた。

しかし、作曲者や演奏家の苦しみに真正面から向き合うことも、人生には必要なことかも知れない。

一緒に大泣きすれば気持ちはサッパリするけれど、5分後には何も残っていないということもあり得る。

しかし、長時間苦しみを共にすれば、その分簡単に心から消えることはない。

その苦しみの体験が、他人への思いやりに転じたり、来るべき苦しみのための心の準備となることだってあるだろう。

近年、独アウディーテよりクーベリックのライヴが多数発売になり、「クーベリックの本領はライヴにあり」という声をよく耳にするようになった。

確かに、そのうちのいくつかは、スタジオ盤を凌駕する出来映えであるが、だからといって、この優れた全集の価値が消えるものではない。

当全集の良いところは、全10曲が短期間(1967〜1971年)に集中的に録音されているため、演奏スタイルに全集としての統一感があることだ。

「第6」「第7」などは、その求道的な姿勢がライヴ以上に曲想にマッチしているし、ライヴで発売されていない「第4」も、低音をしっかり弾かせるゴツゴツとした音づくりがとても新鮮に響く。

ソプラノ独唱が冴えないのが惜しまれるが、コンサートマスターであるケッケルトのヴァイオリン独奏が胸に染みる名演。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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