2015年09月10日

オイストラフのプロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番、ルクレール&ロカテッリ:ヴァイオリン・ソナタ


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ダヴィッド・オイストラフが1955年にボストンで収録したプロコフィエフ、ルクレール、ロカテッリのソナタ集で、当時のLP1枚分をそのままCD化しているために収録時間50分余りのモノラル録音だが、幸いノイズもなく芯の太い鮮明な音質で残されている。

オイストラフにとってはこれがアメリカ・デビュー・アルバムでもあったわけだが、既にソヴィエト国内では実力派のヴァイオリニストとして活躍していただけあって、流石にその演奏は万全で、常に正攻法の解釈で作品に取り組み、個性の強調ではなく幅広い表現力と手堅い安定感に強い説得力がある。

包容力のある豊麗な音色、スケールの大きな解釈は、まさにオイストラフの真骨頂と言えるだろう。

彼は音楽性が伴わないこれ見よがしのテクニックのアピールなどには全く興味を示さなかったし、アンコールでもその種の曲は1曲たりとも弾かなかった。

そうした彼の真摯な姿勢がこの3曲にも良く示されている。

決して派手なプログラムではないが、オイストラフらしい王道的な演奏に裏付けられたレパートリーだ。

プロコフィエフのソナタ第1番へ短調は、オイストラフに献呈され彼自身が初演も飾った曲なので、そのオリジナリティーに富んだアプローチが貴重だ。

プロコフィエフの作品にしては珍しく憂鬱質的なところがあって、また第4楽章以外は躍動感にも乏しいが、巧みな音色の変化で張り詰めた中にも滲み出るような虚無感を漂わせている。

楽器を歌わせるのがヴァイオリンの伝統的な奏法だとすれば、ここでは第3楽章アンダンテにその片鱗が窺えるが、どちらかと言えば内省的な表現に焦点が当てられている。

ピアノのヤンポルスキーの合わせ技は巧妙だが、自主性ということではこの時代のソヴィエトの伴奏者に共通する弱点、つまり自身の主張はできる限り抑えて、ひたすらソロを引き立てることに腐心する傾向が無きにしも非ずだ。

いくらか杓子定規でもう少しスリルや面白みがあって良いと思う。

ルクレールのソナタ第3番ニ長調はヴァイオリン本来の明るく朗々としたカンタービレや華やかさを持つ典型的なバロックの作品で、楽器の音色も含めた基本的な技巧を駆使して如何に美しいスタイルで弾き切るかに演奏の出来がかかっている。

ここではオイストラフのしっかりした様式感、大らかに鳴り響くダブル・ストップや舞曲の溌剌としたリズムを活かした終楽章タンブーランの鮮やかなフィナーレなどが聴きどころだろう。

一方コレッリの技法を受け継ぐロカテッリは、イタリア風の即興的なパッセージや劇的な変化を伴った曲想を得意とした。

このソナタ・ダ・カメラ作品6の第7番へ短調『墓に』は、ウジェーヌ・イザイによってアレンジされたもので、オイストラフは対位法を端正に処理し、終楽章カンタービレではパッサカリア風のヴァリエーションを控えめだが、高尚なリリシズムで弾き込んでいる。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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