2015年09月17日

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのブラームス:交響曲第4番、チャイコフスキー:交響曲第5番[SACD]


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プラガ・ディジタルスによるムラヴィンスキーSACDシリーズの3枚目になり、今回はブラームスの交響曲第4番ホ短調とチャイコフスキーの同第5番ホ短調がカップリングされている。

前者が1961年、後者が1982年のどちらも良質なステレオ録音で、SACD化によって更に高音部の鮮明さと臨場感が増して、比較的まろやかな音響になっている。

ここでもレニングラード・フィルの一糸乱れぬアンサンブルと尋常ならざる集中力がひしひしと伝わって来る厳格な演奏だ。

オーケストラのパートごとの音色を良く聴いていると、洗練し尽くされたという感じではなく、例えば管楽器の響きには何処か垢抜けないところがあり、中でもトランペットはいくらか余韻に欠けるような気がするが、彼らが一体になると個人の持っている力量が桁違いに増強されて壮絶なサウンドが醸し出されるところが恐ろしい。

それはまさにムラヴィンスキーの半生に亘るレニングラード・フィルへの修錬の賜物なのであろう。

また彼の常套手段でもあるヴァイオリンを指揮者の左右に分けた、いわゆる両翼型の配置から繰り出されるアンサンブルの妙も聴きどころのひとつだ。

個人的にブラームスは期待していた演奏とは少しイメージが違った演奏だった。

何故ならブラームス晩年特有の諦観をないまぜにした情緒などはさっぱり感じられないからだ。

勿論こうしたアプローチに共感するファンも少なくない筈だが、全体に筋骨隆々とした逞しい音楽設計で最後の一瞬まで安堵や感傷も許されないような厳しさが、聴く人を選んでしまうのではないだろうか。

一方チャイコフスキーでは甘美で装飾的なエレメントを強調したり管楽器の咆哮を突出させてしまうと、音楽が安っぽくなってしまう。

その点ムラヴィンスキーのモチーフの有機的な繋げ方は見事で、終楽章に向けての着実な準備が第1楽章から感知され、その集中力の持続に全く弛緩がない。

最後に訪れるムラヴィンスキー独特のカタルシスまで鑑賞者を引き離すことがないのは彼のオーケストラへの統率力だけではなく、そこまで着実に聴かせていく徹底した準備と頭脳的で巧みな誘導があることは言うまでもない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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