2016年04月25日

フルトヴェングラー&ベルリン・フィルのブルックナー:交響曲第5番(1942年ライヴ)


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フルトヴェングラーのブル5(ハース版準拠)はウィーン・フィルとの1951年のザルツブルクでのライヴ盤がよく知られている。

この1942年のライヴ録音は意外に音がクリアで迫力に富み、大戦中のベルリン・フィルとの録音の中でも音は最良のもので、1951年盤よりはるかに明確にフルトヴェングラーのブルックナー観が打ち出されている。

本演奏では、フルトヴェングラーが若々しい気迫に満ちた音楽を聴かせ、アゴーギクとデュナーミクを巧みに融合させた効果は、まさに名人芸と言わねばなるまい。

生前、ブルックナー協会の会長をつとめていたフルトヴェングラーの、ブルックナーの音楽に対する傾倒の深さを物語るかのような、雄渾な演奏で、その彫りの深い、雄大な表現には圧倒されてしまう。

特に第1楽章の冒頭、序奏部のあとのブルックナー休止に続くティンパニの一撃と金管の壮烈なコラールはフルトヴェングラーの真骨頂を示すもの。

フルトヴェングラーの視点から再構成されたブルックナーという印象もあるが、その音楽の壮大さは比類がなく、全編、ライヴならではの即興性はあるものの、それ以前に強固な演奏スタイルを感じる。

フルトヴェングラーの指揮も、ブルックナーの信仰告白とも言うべきこの曲に対して、深い精神性に裏づけされて見事に音化されている。

フレーズの処理が実に生き生きとしており、オーケストラは常時に変化するテンポ、リズムにピタッとあわせ、その一方でメロディは軽く、重く、明るく、暗く、変幻自在に波打つ。

凡庸な演奏では及びもつかない凝縮感と内容の豊穣さであり、作品の世界にのめりこみながらも、バランスを崩す直前で踏みとどまるが、その匙加減が絶妙だ。

第1楽章、ブルックナーに特徴的な「原始霧」からはじまり、順をおって登場する各主題をフルトヴェングラーは意味深長に提示していく。

それはあたかも深い思索とともにあるといった「纏」(まとい)とともに音楽は進行していく。

この曲は極論すれば第1楽章で完結しているかの充足感があるが、続く中間2楽章では、明るく浮き立つメロディ、抒情のパートはあっさりと速く処理し感情の深入りをここでは回避しているようだ。

その一方、主題の重量感とダイナミックなうねりは常に意識され、金管の分厚い合奏がときに前面に出る。

終楽章は、第1楽章の<対>のように置かれ、各楽章での主題はここで走馬灯のように浮かび、かつ短く中断される。

その後、主題は複雑なフーガ、古式を感じさせるコラール風の荘厳な響き、そしてブルックナーならでは巨大なコーダへと展開され、長い九十九折(つづらおり)の山道を登り峻厳なる山頂に到達する。

このブル5、フルトヴェングラーの演奏スタイルに特異な魔術(デーモン)を感じ、作品にふさわしいドラマティックな要素が際立つ。

現代においては殆ど聴かれない大時代的なアプローチとも言えるが、1942年においては一般的なアプローチであり、フルトヴェングラーの演奏が必ずしも特異なものであったとは言えない点に留意すべきであろう。

旋律のみずみずしいしなやかさ、地の底から噴きあげるようなブラスの和声の充実感、作為なく、ブルックナーの音楽そのものを感じさせる造型、あらゆる点で、もう二度と現れまいと思われるような演奏である。

今日のブルックナー解釈とは異なる世界に位置する歴史的名盤である。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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