2016年08月23日

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのベートーヴェン:交響曲第4番/ショスタコーヴィチ:交響曲第10番[SACD]


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ライナー・ノーツの録音データによれば、ここに収録された2曲はどちらも1955年6月3日にプラハのスメタナ・ホールでのライヴ録音ということだが、ベートーヴェンの交響曲第4番は客席からの雑音もなく、両翼型のオーケストラ配置も明瞭に感知できる良質なステレオ音源だ。

出所が信じられなかったのでフランク・フォアマン/天羽健三編のディスコグラフィーを調べてみると同日のライヴは存在するが当然ながらモノラル録音で、この演奏とは別物であることが想像されるが、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによる同曲の音源は非常に多く、そのどれであるかは突き止められなかった。

一方ショスタコーヴィチの交響曲第10番の方はモノラル録音で確かにライヴらしき雰囲気が感じられるが、このデータの音源は前述のディスコグラフィーには存在しないので、おそらく1976年3月31日のレニングラード・ライヴと思われる。

適度な残響を含む音質は決して悪くなく、細部まで良く聴き取れるし破綻もない。

プラガ・ディジタルスでは既出のレギュラー・フォーマット盤をSACDにグレード・アップしてリイシューする時にライナー・ノーツは焼き直しで済ませているようだがデータに関しては常に疑ってみなければならないのがファン泣かせだ。

ベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調はレニングラード・フィルの整然として精緻なオーケストラが印象的で、終楽章の弦楽とウィンド・セクションの素早い受け渡しやアンサンブルの正確さは流石にムラヴィンスキーに鍛え上げられただけのことはある。

だが厳格な統制によってかえって音楽がいくらか冷たく聴こえて、より解放された情熱的なベートーヴェンを聴きたい向きには窮屈に感じる演奏かもしれない。

一方ショスタコーヴィチの第10番は抑圧された悲痛な思いと暗澹とした自由への憧憬と叫びが伝わって来る演奏が秀逸である。

第4楽章冒頭のオーボエが先導する喘ぐようなカンタービレには作曲者自身の心境が忠実に映し出されていて、ここに彼の苗字から取ったDESCHの音形が登場する。

周知の通りムラヴィンスキーはショスタコーヴィチの15曲の交響曲のうち第5、6、8、9、10、12番の6曲を手兵レニングラード・フィルで初演を飾っていて、作曲家の作法や音楽語法にも精通していたし、また最大限の敬意を払ってその再現に努めたことが手に取るように伝わってくる演奏だ。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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