2016年08月26日

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのショスタコーヴィチ:交響曲第5番、第12番[SACD]


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エフゲニー・ムラヴィンスキーと手兵レニングラード・フィルによるショスタコーヴィチの交響曲第5番ニ短調Op.47及び第12番ニ短調Op.112『1917年』の2曲を収録したSACD盤である。

ライナー・ノーツには前者が1965年10月24日のモスクワ音楽院大ホールでの放送用ライヴ、後者が1961年10月1日のレニングラード・ライヴで1962年1月6日のプラハ放送用ブロードキャスト音源と記載されている。

同じプラガ・ディジタルスから既にリリースされたレギュラー・フォーマット盤と同一データだが、これらの音源はその後日本ムラヴィンスキー協会の事務局長だった天羽健三氏の調査によると、実際には第5番が1978年6月13日ウィーン・ムジークフェライン・グローサー・ザールでのライヴ、第12番は1961年モスクワ・ラジオ・ラージ・スタジオでのセッションと判明しているようだ。

なるほどフランク・フォアマン/天羽健三編のディスコグラフィーを閲覧すると、より信頼性の高いと思われるこちらのデータが記録されている。

ライヴ録音が多かった彼らの音源ではしばしば起こる混乱の一例だ。

どちらも良好なステレオ録音で、しかも両者の間には17年間の開きがあるにも拘らず、いずれ優るとも劣らない音質には正直言って違和感さえ感じられる。

特に第5番はライヴにしては聴衆を隔離でもしたかのように客席からの雑音や拍手は一切なく、データに関してはいくらか疑問が残らないでもないが、リマスタリングの効果は上々で、両翼型オーケストラ特有の音響が鮮明に蘇って、彼らの典型的なコラボの真骨頂を堪能することができる。

第1楽章のピアノを交えた重厚なカノンや終楽章の執拗に打ち込まれるティンパニの連打には弥が上にも高まる緊張感と執念とも思える迫力が示されている。

ショスタコーヴィチはロシア革命と社会主義をテーマに扱った一連の交響曲を作曲しているが、第12番は『1917年』の副題付でレーニンと10月革命をイメージした作品になり、後半の大規模なオーケストラのサウンドを殆んど限界まで全開させるムラヴィンスキーの統率力と、それに応えるレニングラードの大奮闘はソヴィエトの威信を懸けた凄まじい演奏だ。

ムラヴィンスキーはショスタコーヴィチの才能に関して、当初からその作品を通じて高い芸術性に理解と共感を示して、プロコフィエフを始めとする他の20世紀のロシアの作曲家の作品よりも好んで採り上げている。

このディスクに収録された2曲の他にもムラヴィンスキー&レニングラード・フィルが初演を飾ったショスタコーヴィチの交響曲は第6、第8、第9、第10番があり、全15曲の交響曲のうち6曲までの初演を彼らが手掛けている。

ちなみに第4番及び第13番はキリル・コンドラシン、最後の第15番は息子のマキシム・ショスタコーヴィチの初演になるが、1948年から10年間に及んだジダーノフ批判でショスタコーヴィチが退廃的作曲家のレッテルを貼られたことによって、ムラヴィンスキー自身にも当局からの圧力がかかったとも言われている。

そうした不幸にも拘らず彼らが演奏を繰り返すことによって、現在これらの交響曲が西側でも独自の価値を獲得し、オーケストラのレパートリーとして定着しているのはまさに彼らの功績と言えるだろう。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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