2017年02月18日
ギ−レン&南西ドイツ放送響のマーラー:交響曲全集
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ドイツの長老指揮者ミヒャエル・ギーレン(Michael Gielen 1927-)が、1988年から2003年にかけて、南西ドイツ放送響と録音したモダニズムに徹した鋭利な知の切れ味を堪能させる新解釈の高品質かつ均質性の高いマーラー(Gustav Mahler 1860-1911)の交響曲全集。
交響曲第10番は第1楽章のみ(2005年にクック版の全曲を録音、別売)で、「大地の歌」は含まれない(1992年に第1,3,5楽章、2002年に第2,4,6楽章を録音したが、当アイテムには含まれなかった)。
ギーレンのマーラー演奏は、細部まで見通しのよい堅牢な造形、緊密に練り上げられたテクスチュア構築など膨大な情報処理に秀でている点が特徴的で、素材間の緊張関係や声部の重なり合いの面白さには実に見事なものがある。
オーケストラの楽器配置が第2ヴァイオリン右側の両翼型である点も見逃せない重要なポイントで、マーラーが意図したであろうパースペクティヴの中に各素材が配されることによって生ずる響きや動きの妙味に説得力があり、多用される対位法や、素材引用への聴き手の関心が無理なく高められるのも嬉しいところだ。
どの交響曲も、指揮者のスタイルをしっかりと投影し、解析的で、情緒を抑制しながらも、自然で音楽的な起伏に満たされている。
この全集は、特にマーラーの音楽に存在する構造的な秘密を解明し、そこから導かれる「力」の存在に意識的でありたいと思う聴き手には、絶好のものだ。
ギーレンは、明らかにこれらのマーラーの音楽から、「情」ではなく、「知」に働きかけるものに焦点を当てている。
明瞭にされる声部、音型の変換、構造上の楽器の役割、そういったものを厳密に定義付け、細部を突き詰めることにより、音像を作り上げ、音楽を構築していく、建築学的な音楽と言っても良い。
しかし、音色は決して冷たくはなく、むしろ不思議な暖かさを宿し、的確な起伏により、新鮮な高揚感を得て、鮮烈な興奮を聴き手に与えてくれる。
ごく簡単に、筆者が当演奏から受けた印象を、各曲ごとにまとめると、以下の様な感じになる。
第1番;1つ1つの楽器の明朗な響きと、そして、濁りのない合奏音によって、瑞々しく描かれている。
第2番;細かいモチーフを繋いだダイナミクスへの動線、さらに休符の意味まで厳密に突き詰めた演奏。この曲の劇場的な一面と一線を画している。第5楽章の冷静極まりない進行から、前半部の巨大なコラール、そして合唱を交え、コーダに向かう一連の流れは非常に美しく、ルネサンス・ポリフォニーを聴いているかのよう。
第3番;アダージョまで徹底したインテンポの表現で、鋭く線的に描かれたシャープなスタイル。シャイーに近いが、ギーレンの方がやや即物的な味わい。
第4番;厳密性がややシニカルな味わいを見せる。天国の音楽と言うより、瞬間瞬間の音色を追求。
第5番;引き締まったテンポで、クールに徹したモダニズムの極致的美演。動物のように激しく叫び、のた打ち回るだけが主張なのではないことを教えてくれる。
第6番;全体の中では古典的なアプローチ。だが新ウィーン楽派に連なる表現主義的な面をよく伝える。
第7番;従来のロマンティックな解釈とは完全に一線を画した演奏。第4楽章の各モチーフの扱いに卓越した冴えを見せる。
第8番;オペラ的なショルティとは対極をなす名演。テクスチャーの織り込みが細かく、驚かされる。終幕近くのソプラノがマジカルな効果を放つ。
第9番;オーケストラの技術を駆使した演奏。この曲の場合その成果が暖かみではなく、不安や恐怖の感情へと誘導されるのを感じる。独奏ヴァイオリンの深いニュアンス。
第10番;第9番に近いがより暗黒的、虚無的なものを意識させる。
以上、当然の事ながら、それぞれの感想がその曲固有のものというわけでなく、全集を通じて重複するものもあるが、筆者の素直な感想を曲毎に書くと、このようになる。
ギーレンは、テンシュテット(Klaus Tennstedt 1926-1998)のように、音の1つ1つの表現力は強いわけではなく、シャープで、冷酷なまでに素っ気ないが、ただ、その素っ気ない音が同時に鳴らされたとき、その組み合わせ方がドラマティックで、ロマンティックで、エロティックなのだ。
マーラーの音楽の多面性を見事にあぶり出した稀代の名演、名全集で、情感、知性、さらに哲学と、マーラーの音楽を深く追求した実にずっしりと重みのある全集に仕上がっている。
いずれにしても、現代最高のマーラー指揮者による素晴らしい全集だと思うので、是非推奨したいが、ギーレンのマーラー・シリーズは、単品で揃えると、併録してある楽曲がなかなか興味深いので、経済的に余裕のある人は、そちらの方がいいかもしれない。
バーンスタイン(Leonard Bernstein 1918-1990)やショルティ(Georg Solti 1912-1997)とは大いに聴き味を異にするマーラーではあるが、彼らの演奏を支持する人であっても、もっと多層的で新たな感興を呼び覚ましてくれるギーレンのマーラーだと思うので、広く推薦したい。
すぐれた演奏は本当の自分を映し出す鏡となるが、この演奏は鏡にふさわしく、よく磨かれているはずだ。
また、録音状態も自然な質感をもった優秀なもので、ヘンスラー・レーベルで行われた録音だけでなく、第4番、第7番、第10番アダージョというINTERCORD時代にリリースされていた音源まで大幅な音質改善が図られているのも良心的である。
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