2017年03月08日

リヒテル/東京公演のシューベルト(1979年)


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ピアノ・ソナタ第13番イ長調でシューベルトはおよそソナタ形式を展開させるには不適当と思われる長い歌謡調のメロディーを主題に持って来ている。

それはベートーヴェンの小さなモチーフが曲全体を構成して堅牢な楽曲を作る方法とは明らかに異なった作法を試みたと言わざるを得ない。

シューベルトのそれは美しいメロディーが走馬燈のように移ろい再び戻ってくる。

各楽章間のつながりも一見密接さを欠いた、取り留めのない楽想の連なりにさえ感じられる。

しかしリヒテルはそのあたりを誰よりも良く心得ていて、こうした長大な作品に冗長さを全く感じさせない、恐ろしいほどの冷静沈着さと集中力を持って曲全体を完全に手中に収めてしまう。

リヒテルはもうこれ以上遅くはできないというぎりぎりのところまでテンポを落とし、しかも音色美に過剰に依存することもせず、感情表出の深い境地に静かに分け入ってゆく。

特有のカンタービレからは喜遊性を退けて、その喜びは沈潜してしまう。

こうした込み入った表現を可能にしているのは、円熟期のリヒテルの内省的な深い思考をシューベルトの音楽の中に反映させ得るテクニックの賜物に違いない。

ここではひたすらシューベルトの音楽に沈潜した大家の、年輪を経た円熟した肉声が語りかけてくる。

もともと、人知れずシューベルトをこつこつレパートリーにしてきたリヒテルだけに、その精神世界の深みが素晴らしい。

このディスクのソナタでは、決して派手ではないが、淡々とシューベルトならではのデリカシーの奥底まで案内してくれる。

特に、ピアノ・ソナタ第14番イ短調はリヒテルの唯一の録音で、彼の数々の演奏の中でも傑出している。

音の表層をなぞるだけでは決して表現し得ない世界であり、こういう演奏を聴くと、リヒテルがなぜ巨人であったかが分かろうというものだ。

即興曲第2番と第4番は、ところどころにあらわれるシューベルトならではの孤独感と哀感を、繊細に表現していて聴かせる。

ともすると平凡になってしまうこれらの小品も、リヒテルの手にかかると精神的に深い音楽となってしまうから不思議だ。

このCDに収められた4曲はいずれも1979年に行われた東京でのライヴから採られていて、会場の緊張した雰囲気がよく伝わってくる演奏で、録音状態と音質の良さでは群を抜いている。

だが版権の関係か、あるいは日本のメーカーが興味を示さなかったためか、アメリカのミュージカル・コンセプツ社が英国マンチェスターから配給しているマイナー・レーベル、アルトが細々とリリースしているのが惜しまれる。

音源は英オリンピアのライセンスだったが、同社倒産の後は英レジスが引き取り、更に廃盤となったものをアルト・レーベルから再発しているという複雑な事情がある。

しかし皮肉にもリヒテル円熟期の至芸を堪能するのにこれら一連のCDが非常に高い価値を持っていること自体、意外に知られていないのが実情だ。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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