2017年03月20日

ぼくはエクセントリックじゃない―グレン・グールド対話集


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブリューノ・モンサンジョンが編集したグールドとの対話集で、それぞれが異なった機会に収録され、彼の音楽的な構想のみならずラジオ番組の制作や私人としての日常生活など多岐に亘った内容が盛り込まれている。

先ず驚かされるのはグールドが殆んど饒舌とも言えるくらい良く話すことで、決して寡黙な芸術家ではなかったことだ。

また彼一流の話術を持っていて、どのような質問にも答えをはぐらかすことなく、真摯にしかも常に要領を得た語り口を披露している。

彼はまた聴衆やマスコミによって捏造された自分へのイメージの払拭も試みている。

彼の演奏中の身体を使った大袈裟とも思えるジェスチャーは、意識的であれ無意識にであれ頭脳に描いた音楽を最大限忠実に音に変換するための手段であり、決して聴衆へのパフォーマンスではないことを断言している。

はっきり言って彼は聴衆の反応などには全く無関心で、如何に音楽そのものの世界に自分を埋没させながら、理想とする表現の実現を貫徹するかということだった。

「私にとって聴衆は目的に向かう道の障害物だ」という言葉も象徴的だ。

本書の第2部として仕立てられたバーチャルなラジオ座談会ではグールドの哲学が彼自身によってかなり具体的に説明されているだけでなく、彼に起きたエピソードの釈明にも余念がない。

指揮者ジョージ・セルとの確執も興味深く、彼は表現上セルに敬意を払いつつも、実質的にこの巨匠をこき下ろしている。

グールドがクリーヴランド管弦楽団とのコンサートで弾く筈だったシェーンベルクのピアノ協奏曲はセルの意向で省かれた。

彼によればセルは新ウィーン楽派にも全く興味がなかったし、この協奏曲も勉強していなかった。

もう1曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番のリハーサルでは椅子の高さの調節と弱音ペダルの使用でセルとの関係は決定的な決裂に至る。

『タイム』誌にはセルが「私が自分の手であなたの尻を5ミリほど削ってあげますよ。もっと低く座れるようにね」と言ったことが掲載され、グールドはその言葉が実際にセルから出たことを突き止める。

その後セルへの追悼文を掲載した『エスクワイア』誌では「そういうばかばかしいことを止めなければ(椅子の調節に夢中になっているグールドに対して)君の尻の穴に、椅子の脚を一本突っ込みますよ」に変形されていた。

グールドは録音芸術という形態を徹底的に追究した稀に見る音楽家だった。

つまり彼は聴衆を排して録音するだけでなく、1曲を構成し仕上げるために準備しておいた多くのテイクを切り貼りして彼が理想とする音楽に近付けた。

楽章ごとに異なった時期に録音し、異なったピアノを使ったベートーヴェンのソナタを、あたかも1台の楽器で通し演奏したかのようにグラフィック・イコライザーによって編集することも厭わなかった。

しかしそんなことを何の臆面もなく語ること自体、グールドの新時代への音楽への構想が如何に明確で具体的だったかを示しているのではないだろうか。

対話の内容は音楽的な話題を含めてかなり高度で込み入っているが訳出は良くこなれていて理解し易い。

また掲載されている少年時代から亡くなる少し前までの多くのスナップ写真は素顔のグールド像を捉えている。

エクセントリックでありたいとは思いもよらなかった彼が、自分自身に正直に生きれば生きるほど、逆に他人からはますますエクセントリックに見えてくるというパラドックス的人生がややもすれば滑稽だ。

いずれにしてもグールドの演奏は勿論こうしたエピソードを知らなくても充分鑑賞できるし、彼の創造する音響力学からその素晴らしさを感じ取ることも可能なのだ。

しかしながら伝説的に伝えられている彼の表現の源泉を知る上では非常に示唆的な対話集と言えるだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:04コメント(4)トラックバック(0)グールド  

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by くまごろう   2017年03月21日 19:27
和田さん、こんにちは。
みなさんクラシックに詳しい方ばかりなので恐縮しております(^_^;)
さて、バッハはグレングールドがオススメとのことでしたので、とりあえずボックスの音源をザラッと一度(Disk1から)聴いています。(960曲 58時間16分もあるらしい…)CDを所有しているわけではないので、つい聞き流してしまいます。ライナーノーツや解説を読みながら聴くと色々為になるのでしょうが、なかなかそうもいきませんT_T
こういう書籍を読んでみるというのもいいかも…ですね。グレングールドさん、実に興味深い人物デスねぇ!
2. Posted by 和田   2017年03月21日 23:41
くまごろうさんのような真摯な読者に出会えて私も果報者です。
さて、当ブログでは、既にグールドについて47頁書いております。
http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/cat_50034644.html
これらがくまごろうさんのグールド理解の一助になれば幸いです。
グールドは後半生録音芸術に全精力を傾けましたが、それ以前のミトロプーロスとのバッハのピアノ協奏曲第1番のライヴは凄い演奏です。
現在入手難ですが、ぜひ記憶に留めておいて下さい!
3. Posted by くまごろう   2017年03月26日 19:28
1958年、ザルツブルクフェスティバルのロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団ですよね?音楽配信サービスに音源があったので、さっそく聴いてみました。速い‼︎1957年のレナードバーンスタイン指揮のものはのんびりしているのに。私が好きな、マレイペライア&アカデミー室内管弦楽団(2001年)の同じ曲で比べても速い‼︎全力疾走って感じで、手に汗にぎる感じですー。特に3楽章が一気呵成にウァーッと弾きまくってます。むしろオーケストラが必死にあわせているというか....。ショパンやベートーベンの協奏曲と違って、1小節も休みがないんですね、今気づきました。ピアニストさん、お疲れさまーといったところでしょうか。
ライブいいですね。気に入りました。
なんかふとビートルズを思い出しましたよ。初期の頃のレコードもいいし、コンサート活動終了後のサージェントペパーズ〜ホワイトアルバムもいい。それにすごく似ていると思いました。
4. Posted by 和田   2017年03月26日 23:25
まさに同曲を十八番としていたグールドの貴重な公開演奏の記録ですね。伝え聞く魂の繊細さや肉体の虚弱さからは予想外の逞しい演奏ぶりであり、他者との出会いによって、グールドの輝かしい資質がより一層引き出されていて、ここにはステージゆえの魂の高揚があります。
しかしグールドは命であるべきステージを1964年(32歳)、名声のまさに絶頂へ到らんというとき、突如、スタジオという名の閉ざされた空間に隠棲しました。
ビートルズの場合は、聴衆の余りの熱狂ぶり(歓声)に辟易して、自分たちの演奏を聴き手に届けられないという理由からドロップアウトしたのでしょう。
グールドはステージ上の偶然によって、作品の理想のフォルムが歪んでしまうことを拒み、彼にとっての演奏行為は、次の瞬間には消えゆく1回限りのものでなく、録音によって永遠に形を留め得るものでした。
ああ、それにしてもライヴの至福に背を向けるなんて!

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ