2017年04月11日

『スカラ座の黄金期』第3集(日本語字幕付)[DVD]


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ジャーナリスト、エンツォ・ビアージとRAIイタリア放送協会のコラボによって制作されたテレビ番組『スカラ座の黄金期』を3巻に分けてリリースしたシリーズ最終巻の舞台は日本に移る。

ミラノ・スカラ座は1981年に東京で引越し公演を行ったが、このDVDは当時上演されたヴェルディの作品3曲、カルロス・クライバーの振った『オテロ』、クラウディオ・アバドの『シモン・ボッカネグラ』及び同じくアバド指揮による『レクイエム』の上演風景と舞台裏での取材やスタッフ達へのインタビューによって構成されている。

今でこそヨーロッパのオペラ劇場を日本に招聘することは珍しくないが、イタリア・オペラに関しては1976年が最後になったイタリア歌劇団来日公演以来のビッグ・イベントだった。

イタリア歌劇団はいわゆる引越し公演ではなく、コーラス、バレエ、オーケストラは総て日本勢が協演していたが、この時ばかりはスタッフ総勢450名がイタリアからジャンボ・ジェット2機を借り切って東京に向かい、スカラ座から海路で運ばれた大道具、小道具その他諸々はコンテナーにして40台が東京湾に上陸することになる。

日本側からの16年に亘る交渉の末実現に漕ぎ着けた公演だけあって、日本人スタッフ達の意気込みもその仕事ぶりを通して強く感じられる。

『オテロ』を指揮したクライバーへのインタビューがないのは少々残念だが、ライナー・ノーツに暗示されているように彼自身が承諾しなかった可能性が強い。

ただクライバーはこの来日を機に日本贔屓になったのは確かで、TOKYOのネーム入りのTシャツを着て稽古をしている風景も映し出されている。

若き日のアバドはドイツ系作品の偉大な指揮者としてフルトヴェングラーを先ず挙げ、またクライバーに対しても称賛を惜しまない。

カラヤンの名が出ないところが興味深いが、また優れたイタリア人指揮者としてはライバル視されていたムーティを始め、ジュリーニやシャイー、シノーポリなどの仕事を評価して、公明正大な見解を披露している。

歌手ではドミンゴがかなり長いインタビューを受けていて、少年時代の家族とのメキシコやイスラエルでの遍歴の演奏旅行や経験談が語られている。

最後にテノール馬鹿という表現について聞かれると、「私は先ず音楽家であり芸術を志す者でその範疇には属さない」ときっぱり言い切っている。

一方カップッチッリは楽屋で化粧をしている最中にビアージの質問に応えて、建築家になるつもりでいたが、進路変更をして6年のキャリアの後に初めてスカラ座の舞台に立ったと話している。

また『ファヴォリータ』で失敗した時の感覚を公衆の面前で裸にされたような気分だったと回想して、彼のような大歌手でも図らずも不成功に終わった公演があったことを告白している。

もう1人がミレッラ・フレーニで、床屋の父とタバコ工場で働く母との貧しかったが幸福だった幼い頃の思い出や、伯父に美声を認められてオペラ歌手を目指すようになったことなど、気さくで庶民的な話しぶりはかつてのプリマドンナのような近付き難い印象は皆無だ。

8ページほどのライナー・ノーツにはインタビュアーのジャーナリスト、エンツォ・ビアージの略歴とこのDVDに収録されている当時の東京公演の指揮者及び歌手達のエピソードが伊、英語で総括されている。

尚3巻に亘ったスカラ座シリーズのDVDをリリースしているダイナミック・レーベルでは更に『ラ・グランデ・スカラ』と題したもう1枚も準備中のようだ。

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classicalmusic at 00:59コメント(0)トラックバック(0)クライバー | アバド 

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