2018年01月03日

ムーティの描く新時代のイタリア・オペラ像


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リッカルド・ムーティが音楽監督だった1994年5月のミラノ・スカラ座での公演のライヴ録音で、タイトルロールにレナート・ブルゾン、ジルダにアンドレア・ロスト、そしてマントヴァ公爵にロベルト・アラーニャを起用した会心の『リゴレット』だ。

ムーティの2度目の全曲録音に当たるこの1組は、逞しい覇気と繊細な配慮を湛え、彼の円熟が示されている。

アラーニャの極めてスタイリッシュで小気味よい歌唱、若きロストの美しく可憐なジルダ、円熟の頂点にあるブルゾンのリゴレットと揃っていて、現時点でおそらくこれ以上望みようのない最高の演奏であろう。

しかし、これは歌手だけの名人芸で成り立つ『リゴレット』ではなく、ムーティの強力な指導力が前面に出た演奏だ。

ここでも彼はいつもの基本方針に従って歌手には慣習的なヴァリアンテではなく、ヴェルディが書いた楽譜通りの音符を歌わせている。

そして過去の歌手達の見せ場のために書き加えられたあらゆる高音や華美なカデンツァを一掃して、作曲家が楽譜に書き記した音符のみを演奏するという原典主義を貫いている。

キャスティングもムーティの持ち駒として、自らの構想を具現でき得る人材を選んでいて歌手個人に聴衆の注意が過度に集中したり、声の饗宴だけの舞台になることも巧妙に避けている。

それが言ってみれば音楽と文学、そして舞台美術などが離れ難く一体となった新時代のイタリア・オペラの姿で、慣習という呪縛から開放された、ある意味では新鮮な『リゴレット』に仕上がっている。

ムーティはこの上演に当たって自らピアノを弾きながら公開講座も開いているので、彼のヴェルディ研究が決して一時的ではない奥深いものであることを示している。

ブルゾンの風格あるリゴレットは、かつてのゴッビ、バスティアニーニやカップッチッリに比べればずっと等身大で、他の歌手も比較的小粒だが部分的に突出することがなく全体のドラマとしてのバランスが保たれていることも事実だ。

しかしムーティも流石にイタリアの指揮者で、歌わせたいところでは歌手とオーケストラ双方に思い切ったカンタービレを要求して、テンポの変化にもかなり融通性を持たせているし、ジルダが攫われる前のコーラスのソットヴォーチェの扱いも絶妙な背景を創り出している。

時にブルゾンの歌の個性が主張を強めることがあっても、ムーティはあくまで全体がひとまとまりになったオペラ『リゴレット』像を追求する。

一方マントヴァ公爵役のアラーニャは声に艶はあるが全体的にやや力みがちで、ムーティの期待に充分に応えているとは言えない。

役柄が重すぎたのか、高度な表現への要求にはまだ力量不足だったのかは分からないが、この2人は後に決定的な仲違いを迎えることになる。

ライヴだがドラマの進行を妨げるアリアや重唱ごとの拍手は禁じているので、オペラ自体がシェイプアップされてストーリーの展開も速やかで、次はレチタティーヴォ、次はアリア、といった聴き方をしてはならないとさえ思えてくる。

悲劇はまっしぐらに進行し、ヴェルディの、もしかしたら最も力と技が充実した作品かもしれないオペラのパワーを引き出す。

特に終幕の四重唱から嵐の場、そしてミンチョ河畔の最終場面までの棒さばきは鮮やかで、第1幕の幕切れでは新しい様式に反対するグループのブーイングも聞こえるが、最後には大きな拍手喝采を浴びている。

精度に重きを置く方向もあるけれど、これはこれ、戦慄する、戦慄できる『リゴレット』だ。

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classicalmusic at 13:26コメント(0)ヴェルディ | ムーティ 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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