2018年01月11日
1724年の初稿版、エガーのヨハネ受難曲
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リチャード・エガーとアカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージックの演奏による最新の『ヨハネ受難曲』である。
1973年に設立されたアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック(エンシェント室内管弦楽団)の創立40周年を記念して録音されたこの『ヨハネ受難曲』は、現在望み得る限りの最高のソリストを配し、入念に準備された素晴らしいアルバム。
既に幾つかリリースされているピリオド・アンサンブルの演奏とは音楽的コンセプトをやや異にする解釈が特徴だ。
またテンポ設定もかなり速く、第1部20曲が32分、第2部48曲が73分で、それぞれを1枚ずつのCDに収録して聴き手に弛緩を許さない工夫もみられる。
使用ピッチはエガーが他のバッハの器楽曲で使っているフレンチよりも半音高いa'=415Hzを採用してこの作品の性格でもある緊張感に満ちた響きを創造している。
当時の教会では習慣的に宮廷より高いピッチを使っていたようで、それは設置してある歴史的オルガンの調律からも検証されているが、彼は『マタイ受難曲』においても同様の選択をしている。
一方この『ヨハネ』ではコーラスに重要な役割が与えられているので、エガーは各パート4名で曲の骨格を明確にして、更に群集の性格的な表現を引き出している。
エヴァンゲリスト、ヨハネを歌うテノール、ジェイムズ・ジルクライストを始めとするソリスト達も巧みな歌唱でエガーの要求に応じている。
バッハがライプツィヒのトマス・カントールに就任した翌年の1724年4月7日に『ヨハネ受難曲』の初演がトーマス教会で行われた。
その後演奏の機会に応じてバッハは数回に亘って改訂を試みているが、通常の録音では最終稿とされる彼の死の前年1749年のものが採用されているようだ。
しかしエガーはバッハの改訂の経緯からあえて初稿版を選んで、全曲を通じて常に緊迫した雰囲気を貫いて『マタイ』とのコントラストを鮮明にしている。
より規模の大きい『マタイ』では抒情的なカンタービレとドラマティックな情景を交錯させて物語の進行を起伏に富んだ美しいものにしているが、『ヨハネ』では失われることのない緊張感の持続で足早に終焉に向かう勢いがある。
第1曲から不協和音をぶつけた胸騒ぎのするような不安げな和声と執拗なリズムの反復は、ユダの密告によってイエスに迫り来る危機を象徴している。
第2部第10曲でのエヴァンゲリストの語る「ピラトはイエスを捕縛し鞭打たせた」の部分では、細分化された音形が神経質なほど装飾的に動くのも『マタイ』にはみられないやり方である。
こうしたところどころ耳慣れない部分も出てくるが、この粗削りなヴァージョンにふさわしい直接的なインパクトと、劇的な表現力こそが、作品の真の姿を洗い出すためにふさわしいものとなっていて、聴き手を引き込んでいく心理的な手法もバッハならではのものだ。
そこにはバッハがこの作品に傾けた最初の情熱を直接伝えるような激しさが感じられる文句なしの名演であり、全ての部分に祈りと愛が満ちている。
至高の名曲ゆえ、これまでも多くの演奏が存在しているが、今回のエガー盤は過去の名演ともまた違う独自の祈りの境地へと至った素晴らしいものである。
エガー自身がミュージック・ディレクターを兼ねるAAMレーベルからのリリースで、ブックレット装丁のジャケットにライナー・ノーツが綴じ込まれている。
演奏者全員の使用楽器が明記されているのはいつも通りだが、ここにはソロ歌手達の写真付プロフィールと、更にドイツ語の全歌詞に英語対訳がついているのもエガーの拘りを示した丁寧な配慮だ。
2013年4月にロンドンでの収録でレギュラー・フォーマット仕様だが、音質もここ数年にリリースされたCDの中では最も優れている。
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