2022年02月28日

緊急レポート:冷戦の狭間に翻弄された音楽家達の姿


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この作品の冒頭ではドイツが1945年5月に連合国に降伏した後、逸早く進駐してきたソヴィエト側がマテリアル的な復興よりも精神的な文化高揚政策を優先させていたことが述べられている。

敗戦後僅か2週間でベルリン・フィルの最初のコンサートが開かれたことには驚かされた。

勿論それはソヴィエトの周到な政治的目論見があってのことだが、インタビューを受けた人々も打ちひしがれたドイツ国民を新たな希望に向けて士気を高めるためには少なからず貢献したことを認めている。

そして2ヶ月後にアメリカ軍が入ってくる前にソヴィエトの方針は既に徹底されていて、分割された地区によって占領軍同士の政策の相違が次第に鮮明になってくることが理解できるが、悲劇は50年代に入ってからのスターリン体制下での締め付けに始まったようだ。

ペーター・シュライアーによれば旧東ドイツの演奏家が国外で活動できるようになったのは1964年からで、彼らのギャラの20%から50%までが国家に徴収されて重要な財源になっていたが、これに味を占めた国側は外貨獲得のために多くの演奏家を西側に送り出すことになる。

しかし個人的な渡航は一切許可されず、彼らの亡命を防ぐために秘密警察があらゆる監視体制を張り巡らせ、演奏家達にも誓約書へのサインを殆んど強制していたようだ。

ベルリンの壁が築かれたのは西側からの影響を阻むためではなく、東側からの人々の流出を阻止する目的だったことは明白だろう。

演出家クリスティーネ・ミーリッツは『国民全員に国を出る権利がある筈で、それを直ちに許可するか否かは自由だが、壁の前で射殺することは絶対に許されない』と憤りを持って語っている。

国の文化政策の中で最も収益を上げていたのがLPレコードの独占販売だったという事実も興味深い。

レコード製作会社は偶然国営になったようだが、精神的に枯渇していた国民にとってレコード鑑賞は欠かせない趣味に定着して、その影響は皮肉にも西側に及ぶことになる。

制作費が安かったために西側のドイツ・グラモフォンは当初質の高い東側のアーティストの演奏を中心に提携という形で録音したが、国営VEB製作LP第1号がフランツ・コンヴィチュニー指揮、シュターツカペレ・ドレスデンによるベートーヴェンの『英雄』だったことも象徴的だ。

ドレスデンのルカ教会が教会としてよりも録音会場として大修復されるのもレコード産業の一役を担うためだったと思われる。

ベルリンの壁の崩壊は東側に次々と起こりつつあった東欧革命の気運が頂点に達した時期に起こるべくして起こった事件であることは疑いない。

東ドイツは経済的な破綻を国民にひた隠しにして事実を全く知らせなかった。

クルト・マズアの立場からも見えてくるように、当時の音楽家達はそれぞれの立場で抵抗し改善を要求したが、彼らが先頭に立って東西の統一運動を進めたわけではなかった。

インタビューの中でも語られているが、一般的に音楽家で積極的に政治に深く介入しようとする人は少なく、しかもオペラ・ハウスやオーケストラでは西側の団員が去った後、メンバーの大幅な補充が余儀なくされたために、彼らが演奏活動によって困窮しないだけの最低限の生活を約束されていたことも要因のひとつだろう。

最後のシーンは1985年に再建を終えたドレスデンのゼンパーオーパーでの杮落としになったベートーヴェンの『フィデリオ』の上演で、この映画のフィナーレとして最も感動的な部分だ。

演出家ミーリッツは囚人のコーラスの後、聴衆が数分間咽び泣いていたことを自らも涙ぐんで思い出している。

そして何よりも国家による国民への精神的な搾取が堪えられなかったという言葉が痛烈だ。

言語は総てドイツ語だが、サブタイトルは日本語も選択できる。

日本語の字幕スーパーは簡潔に要約されているので意味するところは理解できるものの、日本語の文章としては不自然な言い回しや言葉使いが見られるのが残念だ。

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classicalmusic at 13:07コメント(2)映画 | 芸術に寄す 

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2022年04月16日 20:22
4 本書は手に入らないので未読ですが,紹介された内容は十分認識された事項でしょう。フルトヴェングラーやクナの演奏を中心に戦時中の録音が大量にロシアに流れメロディア盤として発売されたこと,それがCD時代になって2回に渡り返還されたことも忘れてはなりません。また,東西交流が閉ざされた故に,SKドレスデンやゲヴァントハウス管のあの独特のいぶし銀の音色が保存された史実も決して失念してはならないでしょう。こうなると,東西冷戦下のベルリンと芸術家たちの関わりを映像化したドイツ映画<善き人のためのソナタ>は必見ですね。この映画監督のフローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは当時まだ30代前半,この事は世界の映画ファンに衝撃を与えました。
2. Posted by 和田   2022年04月16日 20:36
本書と仰いますが、挙げた作品は映画です。やはり映画のこととなると門外漢で、貴殿にはかなりそうにありません。ご勘弁を(__)
宿題こなせるように最善を尽くします。その映画YouTubeなどでもでも観れるか調べてみます。
因みに「第9」に旧ソヴィエト当局はショスタコーヴィチに第2次世界大戦の勝利を誇示するモニュメンタルな交響曲を望んでいたようですが、その期待を見事に裏切ったのは痛快です。というより彼には政権の意向に沿った作品を書くことは当初から念頭になかったかのように思われます。第1楽章はおもちゃの兵隊のマーチさながらで、それほど盛り上がらない終楽章は当局にとっておちょくりとしか映らなかったでしょう。早速ジダーノフ批判に曝されてこの交響曲はお蔵入りになってしまいます。しかしその事実は、芸術家は時の政権の下僕にはなり得ないことを端的に示すことにもなり、タコ9を亡命後のコンドラシンが母国ソヴィエトとの関係を揶揄するようなところにも面白みがあるのではないでしょうか。それは作曲者の最良の理解者だったコンドラシンがコンセルトヘボウ管弦楽団の持ち味を活かすことを忘れない指揮者だったからでしょう。その点では大先輩ムラヴィンスキーとは対照的でした。
話題が逸れたようで失礼しました。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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