2018年05月17日

リヒテル全盛期のショパン・アルバム


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アルト・レーベルからリリースされている一連のリヒテル・シリーズの1枚で、1970年代の彼の全盛期のショパンを良質なステレオ録音で鑑賞することができる。

巨匠リヒテルのディスクの中で、ショパン・アルバムは数少なく、しかも、ひとつのジャンルをまとめて全曲録音しているものは珍しい。

リヒテルのレパートリーの中で、ショパンが話題となることはほとんどないかもしれないし、実際に、レコーディングにもショパンを聴くことはきわめて少ない。

彼は、この作曲家を全く好まなかったのでは、と思えるほどだが、10代半ばで既に超絶的な技巧を身につけ、オデッサの歌劇場でコンペティトールをもつとめた彼が、1934年に20歳を前にしてデビュー・コンサートを開いた時、それはショパン・プログラムによるものだった。

その後旧ソ連の中では、彼がどれほどショパンを弾いたのかは不明であるが、そうした点からこのミュンヘンで収録された『スケルツォ』全曲盤は、貴重な1枚であり、この作曲家でも他の追随を許さぬ世界をもっていたことを物語っている。

リヒテルのショパンは彼の創意に満ちた表現と色彩豊かな音色の使い分けが聴き所だが、『スケルツォ』では強靭でストレートなヴィルトゥオジティが、そして『前奏曲集』ではまろやかな陰影と深い抒情が印象的だ。

4曲の『スケルツォ』に対して、ロマンティックな華やかさよりも、端正な構築美を強調したような演奏であり、そこには、リヒテルのスケールの大きさと、堅固な構成力が生かされている。

自然体の語り口で、一見したところ淡々とメロディを紡いでいるように思えるが、実は、内面から滲み出るような、奥の深いドラマが隠されている。

ショパンの『スケルツォ』の持つ躍動美と深刻さという、相反する特色を、見事に融合させた演奏とも言えよう。

例えばホロヴィッツの弾くショパンは、曲の持っている可能性を極限まで引き出してみせて、その意外性の中に聴く者に驚異を与えた。

それは演奏会場に集まった人々に魔法をかけてしまうようなカリスマ的なテクニックだったが、総てがホロヴィッツ流に料理されたショパンという印象も免れないだろう。

しかしリヒテルの独創性はショパンの音楽性の範疇からそれほど遠ざかることはなく、テンポの変化やディナーミクの対比、また多彩な音色や特有の間の取り方で常に新鮮な解釈を聴かせてくれるが、一方で凝り過ぎた表現でショパンの音楽から乖離してしまうことも避けているように思える。

彼はショパンの表現の、刹那的な部分や過度の感情の発動を許す部分を、古典主義的な精神で極力コントロールしているが、音楽は流麗さを失うことなく、実に澄み切った佇まいを見せている。

リヒテルの知的存在感にあふれた演奏であり、彼の強い構成力と音をコントロールするテクニックなくして、このような演奏は生まれ得ないだろう。

聴衆の注意を演奏家よりも作品そのものに向かわせるというのはグールドのリヒテル論だが、その通りかも知れない。

尚4曲の『スケルツォ』はミュンヘンで1977年にオイロディスクに録音されたセッションだが、ライナー・ノーツにはホールの名称が明記されていない。

他の音源の例からするとおそらくバヴァリアン・ラジオのスタジオ録音と思われる。

一方『前奏曲集』は全曲演奏ではなく、リヒテル自身によって13曲が抜粋されたもので1979年の神奈川県民ホールで行われたライヴから採られているが、どちらも音質は極めて良好。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)ショパン | リヒテル 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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