2018年06月28日
シェルヘンが晩年にルガーノ放送管を指揮して完成した放送録音によるベートーヴェン交響曲全集
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マーラーやシェーンベルクらのスペシャリストとして知られた指揮者シェルヘンが、最晩年に集中して行なった異常なライヴ演奏。
驚くほど緊張力の強い、情熱的な表現で、このベートーヴェン全集によって、わが国でもシェルヘンの再評価が一躍、加速されたと思う。
全集としてはかつてのウェストミンスター録音もあるが、演奏は極めて構えが大きく、大胆で自己主張が強い。
シェルヘンの芸術は晩年になってさらに率直に自己主張があらわされて、結果的にアンサンブルを整えるより、音楽の核心を性急に表現しようとする姿勢が、ますます強くなったように感じられる。
それも表現主義的な様式の帰結と言えるが、そこにスケールの大きい巨匠的な確信と激しい情熱が加わったため、音楽はかつてない相貌を示すことになった好例である。
まったく自由自在、強引とさえ言える表現だが、音楽の展開には予測不可能な面白さがある。
彼は足を踏み鳴らし、怒号をあげながら、呆気にとられるようなスピードで力まかせにオーケストラを追い立ててゆくものだから、オケも崩壊寸前。
楽員はアマチュアのように弾きまくり、吹きまくる、文字どおり「手に汗にぎる」演奏なのである。
スイスのイタリア語地域を本拠とするルガーノ放送管弦楽団は、少々荒っぽいが乗るとなかなかよい演奏をすることで知られている。
ここでもかなり荒っぽく、全体の響きも透明とは言い難いが、あるところから妙に乗ってきたりするから音楽とは不思議なものだ。
全編「ファイト一発!」「これでいいのだっ!」という信念の固まりで、昨今、こんな演奏例は他に皆無、みなホットに燃えたぎっている。
それだけにアンサンブルは粗く、第9番の声楽もよくないが、そんな欠点を超越して希有の音楽を聴かせる。
第1番のフィナーレなど、さすがにイタリア語を話す人たちだけに饒舌で面白く、第2番もフィナーレが最高で、全体に歌があって楽しい。
のめり込む『エロイカ』は、第1楽章の最初からチェロの第1主題が乱れたりして驚くが、シェルヘンのベートーヴェンの真骨頂はそんなことを気にさせず、激越なクレッシェンド、弦が悲鳴を上げるスフォルツァートなど元気いっぱいだ。
葬送行進曲はいかにもそれらしく、スケルツォはスリル満点、フィナーレも活気にあふれているが、フガートの処理などさすがと思わせる。
シェルヘンの音楽的パワーはさすが、と思わせるのは第4番で、序奏の神秘的な出だしから、いきなり全力投球のアレグロへの移行など解釈も面白いし、フィナーレも元気いっぱいの演奏だ。
第5番は出だしから勢いがあり、アンサンブルの乱れなど重要なこととは思えなくなるから不思議で、現代の完璧主義に疲れた向きには絶好だろう。
『田園』もまた乗りに乗っており、こんなに楽しげな第1楽章も珍しく、第2楽章の小川の流れも少々速め、第3楽章の村祭りも景気がよい。
となれば嵐の場面が凄いのは必定で、ティンパニは轟音だし、シェルヘンが叱咤激励どころか怒鳴る声まで聞こえるド迫力である。
“舞踏の聖化”と呼ばれた第7番は予想どおり元気がよいが、リズムの根本がしっかりしているので、崩れそうで崩れない。
第2楽章のアレグレットは意外にしっとりと歌うが、どんどん盛り上げて行くのも彼らしく、第3楽章プレストが大忙しなのは言うまでもないが、フィナーレも強烈、シェルヘンの怒鳴り声まで聞こえる、とにかくエキサイトした熱演だ。
第8番は最初からめいいっぱいのライヴ・ファン必聴の演奏で、弦のセクションの松やにが飛び散るのが見えるような勢いに脱帽するし、第2楽章のユーモアがまた格別。
全曲を20分強で荒れ狂い突進するので、ビデオを早送りしているみたいだが、とにかく楽しい。
第9番もまことにヴォルテージが高く、第1楽章のアレグロは文字どおりマエストーソ(荘重)で、第2楽章では崩れそうで崩れないリズムが迫力を生む。
第3楽章は意外とあっさりしているが、フィナーレ導入部の激越さには驚くばかりで、とても弾けないような速いテンポも飛び出す。
“歓喜の旋律”はしみじみとしているが、いよいよ独唱と合唱が入ると物凄い迫力で、最後まで緊張感が持続する。
激情が先に立って仕上げがおろそかになっており、一般的にはお薦めできないが、フルトヴェングラーが警告した、レコード用の演奏がコンサート・ホールにも進出、という物足りなさを実感している人には最も貴重な記録と言えよう。
シェルヘンがルガーノのベートーヴェン・チクルスで成し遂げようとしたことは、「慣習」という名でスコア上に堆積した夾雑物を一掃することである。
その象徴が、「間違い」と言われ続けてきたメトロノーム記号を全面的に信頼し、実践したことであろう。
オリジナル楽器が市民権を得た今となってはこのテンポも不思議ではないが、この時代からスコア忠実主義だったとすればシェルヘンの評価も変わるだろう。
尚「しゃべる」「うなる」「号令をかける」の3拍子そろったリハーサルも収録されていて、そこでの怒声の凄まじさといったらなく、それが激烈な演奏と一体となり、本番が物足りなくなるほどだ。
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