2018年09月12日
夭逝した名チェンバロ奏者ロスの金字塔的な遺産、スカルラッティ:ソナタ全集
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チェンバロ界のグレン・グールドと称えられながらも1989年に惜しくも38歳という年齢で早逝したスコット・ロスは、決して長くはない生涯を、それこそ駆け抜けるように生き、ラモーやクープランなどのチェンバロ作品の全曲録音を遺している。
なかでも作曲家没後300年を記念したラジオ番組のために録音されたドメニコ・スカルラッティのソナタ全集(1984年6月〜1985年9月、パリ近郊のダッサス城礼拝堂とフランス放送スタジオにおけるセッション録音)は、規模の大きさと内容の濃さからいってチェンバロのディスクの中でも最大級のものと言えよう。
質・量ともに満足しうる、同曲集におけるスタンダード・ヴェルクとも言えるもので、まさに偉業といってもいい(全555曲。一部オルガンで演奏。カークパトリックが1953年に整理したK番号の付いたソナタのみ。のちに発見されたソナタが15曲ほどある)。
これらは不世出のチェンバリスト、スコット・ロスの代表作であり、この天才の芸術を後世に伝える貴重な記録となっている。
抜群のテクニックに支えられたロスの演奏には、南欧の作曲家に相応しいたぎる情熱と理知的な抑制とが理想的に溶け合っている。
スカルラッティが追求した様々な奏法と多彩な音楽的性格を、研究者としての知性で徹底的に究めた上で、それを、まばゆいばかりの技巧、躍動的なリズム、幅広いダイナミズム、情熱に満ちた雄弁な表出力によって、見事に表現している。
スカルラッティの音楽の躍動感、目も眩むばかりのヴィルトゥオジティ、イベリア的な熱いパッション、雄渾で量感に溢れたダイナミズムや、急速楽章の大きく波打つような独特のリズム感は、ロスの特徴でもあり、魅力であろう。
作品ごとに相応しい表現を見出そうという彼の姿勢は、ウィリアム・ダウド、アンソニー・シディ、ウィラ−ド・マーティンによるイタリアンとフレンチを含む何台ものチェンバロを曲によって使い分けているところにも、生前のロスの演奏へのこだわりと完璧主義を窺い知ることができるだろう。
1作ごとに考え抜かれたアプローチを施している点は驚くばかりであるが、こうした徹底ぶりにもかかわらず、この大がかりな録音が《記録的な速さ》で行なわれ《曲の大半を知らなかったので気違いのように勉強した》とロス自身が述べている。
まさに生前から既に伝説的な存在であったロスの情熱的でスケールの大きい演奏を堪能できるファン垂涎のボックス・セットであろう。
尚、通奏低音付きの5曲では、モニカ・ハジェット(vn)、クリストフ・コワン(vc)、ミシェル・アンリ(ob)、マルク・ヴァロン(Fg)が演奏に参加している。
ところでレオンハルトやコープマンは例外としても、かつて古楽の演奏家といえば、どこか学究的な理屈っぽさや辛気臭さが抜け切れない学者+演奏家タイプが多かった。
その中に彗星のごとく現れたロスは、理論的な裏づけや楽譜の読みの深さを持ち合わせていると同時に聴き手の感覚にすばらしく訴えかける演奏によって、クラシックやポップスのジャンルを越えて幅広い聴衆を獲得した。
とりわけスーツにネクタイよりもラフな姿を好み、若くてインテリジェンスに溢れ、自信に満ち、非凡な音楽性と鮮やかなヴィルトゥオジティを併せ持ったチェンバリストは、常に若いファンを惹きつけた。
いわばカリスマ性を持った新世代のスターであったロスの演奏に耳を傾けるとき、彼がアメリカ人ながらラテン系の感性をそなえた音楽家であるとの指摘も大いに頷けるのである。
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