2018年09月24日

ザンデルリンク、ベルリン交響楽団による黒光りする『革命』


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クルト・ザンデルリンクは1960年にベルリン交響楽団の首席指揮者としてドイツ帰国を果たして以来、ヨーロッパの楽壇でもその実力が認められるようになった。

ナチスの迫害を避けるための亡命だったが、25年に及ぶソヴィエト滞在はショスタコーヴィチとの交流やムラヴィンスキーからの薫陶でスラヴ系の作曲家の作品をレパートリーとして開拓することになった。

このディスクに収録されたショスタコーヴィチの交響曲第5番は、1982年に古巣ベルリン交響楽団を振ったセッション録音で、ドイツ的な真摯で重厚な演奏の中に緊張感を崩さないオーケストラへの采配が見事だ。

敢えて指摘するならば外面的な派手なアピールは皆無なので、玄人受けはするが入門者にとっては多少地味に映るかもしれない。

例えばアンチェル、チェコ・フィルの演奏では終楽章は希望を感じさせる色彩を放ちながら壮大に終わるのに対して、彼らは頑固なまでに色調を変えず、黒光りするようなコーダを形成している。

アンチェルの開放性と解釈を違えている理由は、やはり彼のソヴィエト時代の研鑽によるものだろう。

ザンデルリンクは1937年11月21日のムラヴィンスキー、レニングラード・フィルによるこの作品の初演に立ち会った可能性がある。

またショスタコーヴィチ自身から作曲の成り立ちについても聞き出していたのではないだろうか。

以前はプラウダに掲載された態勢への反動分子という汚名返上のための回答としての社会主義リアリズムのプロパガンダ、つまり恭順の意を示した作品のイメージが浸透していたが、最近では第4番の初演撤回の後も彼の作曲への理念は根本的に変化していなかったというのが一般的な見方だ。

結果的に初演は大成功に終わり、図らずも彼の当局への名誉回復になったのだが、どうもショスタコーヴィチ自身には彼らの目論見とは別の構想があったように思われる。

その後1948年に今度はジダーノフ批判に曝されてモスクワ及びレニングラード音楽院の教授職を追われることになるのは象徴的な事件だが、この時彼は巧妙に立ち回って迎合的な作品を発表する。

このあたりの複雑な心理状態と行動にショスタコーヴィチの苦悩が秘められている。

録音会場になったイエス・キリスト教会は当時の東ベルリンにあり、現在ではエヴァンゲリスト教会に改名されていて、カラヤン、ベルリン・フィルが使った同名の教会とは異なっているが、こちらも大編成のオーケストラの演奏に対応する優れた音響空間を持っている。

このディスクは旧東独ドイツ・シャルプラッテン音源を新規リマスタリングしたUHQCDバージョンで、従来盤より滑らかでクリアーな音質が再生される。

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classicalmusic at 20:09コメント(0)ショスタコーヴィチ | ザンデルリンク 

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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