2018年11月18日

フィッシャー=ディースカウ、ポリーニによるスリリングな『冬の旅』ライヴ


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



両者の緊張感に満ちたスリリングで硬質な『冬の旅』を聴けるのがこのライヴの特徴だ。

この2人にとっては『美しき水車小屋の乙女』のような甘美で、哀愁を湛える曲集よりも遥かに適した選曲だったと思われる。

その意味でもこの協演の音楽的な面白みは尽きない。

フィッシャー=ディースカウにしてもポリーニにしてもお互いに譲れない一線があり、そのぎりぎりのところで2人のせめぎ合いと合意があって成立しているような演奏だ。

しかし決して歌手と伴奏者が勝手気ままに楽譜を辿ったのではなく、合わせなければならない部分では完全な意気投合が感じられ、シューベルト晩年の慟哭が聞こえてくるような表現を成り立たせているのが素晴らしい。

ベテラン、フィッシャー=ディースカウの自由闊達で老練な歌唱もいつになくエキサイティングな雰囲気があり、これまでのセッションでは聴くことができなかったもうひとつの世界が開かれたかのようだ。

一方ポリーニはムーアのようにどこまでもぴったり寄り添って歌手の長所を引き出すというタイプではない。

ある部分では先導し、挑発し、また別の部分では付き従って行くという絶妙な関係を保ちながら、ピアニスティックな音響を響かせる部分では、冷徹で内省的でありながらかつて誰も到達したことがないようなスケールの大きな伴奏を披露している。

幅広いダイナミズムを駆使しつつ、一切の小細工を避けて真摯に真正面から曲と向き合った孤高の表現は、シューベルトの歌曲伴奏の新しい可能性をポリーニがたった一晩のコンサートで試みた例外的なサンプルと言えないだろうか。

確かにポリーニには今もって伴奏はおろかアンサンブルの経験が殆んどない。

ライヴ、セッションを通じてもこの『冬の旅』と、イタリア弦楽四重奏団とのブラームスのピアノ五重奏曲があるのみだ。

それだけにこうしたのっぴきならない緊張感が醸し出されているのだろう。

だからと言って彼がドイツ・リート界の巨匠の前に遠慮したり萎縮している様子は全くなく、対等に対峙してひとつひとつの歌曲を入念に仕上げているところに若き日のポリーニらしさがある。

彼らのセッション録音が実現しなかったのは、ある意味で当然のことだったのかも知れない。

もしこの2人がセッションに臨んだとしても、お互いが完璧な演奏を残したいがために芸術的な接点を見出せなかったかも知れないからだ。

むしろ一期一会のライヴだったために可能になった協演という印象を受ける演奏だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:13コメント(0)F=ディースカウ | ポリーニ 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ