2018年11月26日

世紀末の名残を引き摺った1951年のザルツブルク・ライヴ


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『さすらう若人の歌』はマーラーを接点にフルトヴェングラーとフィッシャー=ディースカウを結びつけたザルツブルクの記念碑的名演。

フルトヴェングラーはフィッシャー=ディースカウと2種類のマーラーの『さすらう若人の歌』を遺している。

音質から言えば1952年のフィルハーモニア管弦楽団とのスタジオ録音をお薦めしたいが、マーラー生前時のウィーンを髣髴とさせる特有のデカダンス的な雰囲気とただならぬ緊張感が漂っているという意味ではこのウィーン・フィルとの1951年ザルツブルク・ライヴが圧倒的だ。

スタジオ録音の方が繊細でまとまりはよいが、ライヴでは天をも衝くような烈しい慟哭が主導し、生と死の境をさまよう若者の破れかぶれの心理を鋭く追求している。

内面のこの破綻の風景こそこの歌曲集の核心をなしていることがわかる。

そこにはまたフルトヴェングラーのロマンティックな感性が横溢していて、オーケストラも病的なまでに凝ったマーラーの音楽性と、退廃が最後の雫を滴らせるような表現がおそらくウィーン・フィルにとっても後の時代にはみられない演奏になっている。

そこでは明快な発音に裏打ちされたフィッシャー=ディースカウ20代の絶唱を聴くことができるが、精緻な歌唱の中に挫折する青年の姿が生き生きと映し出されていることに驚かざるを得ない。

彼はその後何度も『さすらう若人の歌』を録音しているが、円熟味や老獪さは増しても、このデモーニッシュさはない。

また世界初出LPのマスターテープ(伊ディスコス制作)から作られ、最新デジタル・リマスタリング、更にメモリーテック社の革命的製盤技術によりUHQCD化されたキング(セブンシーズ)CDの音質は他社盤を凌いでいる。

フルトヴェングラーとフラグスタートのリヒャルト・シュトラウスの『4つの最後の歌』は更に古い1950年の世界初演ライヴになり、フィルハーモニア管弦楽団を振ったものだがスクラッチ・ノイズが煩わしいのが残念だ。

しかし彼女の強靭だが清澄な声に託された晩年のシュトラウスの、失われつつあったウィーンに想いを馳せた、甘美な夢と避けることのできない失望がひしひしと伝わってくる。

前年に亡くなった作曲者とっても、この2人は最適の初演者だったのであって、死と生にまつわるパセティークな情感を、これほどドラマティックに描き出した演奏は他にはない。

この企画はフルトヴェングラーのライヴを復刻することにあるので、名演とは言えないものも収録されていて、最後のボーナス・トラックははっきり言って必要なかったと思われる。

ソロを歌うバリトン、アルフレート・ペルは、こうしてフィッシャー=ディースカウと並べられるとテクニックにおいても、また表現力においても到底及ばない歌唱で、このディスクの価値を下げる結果になっている。

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classicalmusic at 00:24コメント(0)フルトヴェングラー | F=ディースカウ 

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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