2019年02月10日

ブラームスの最高の解釈者、クレンペラーのセッション集大成


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



オットー・クレンペラーはブラームスの最高の解釈者のひとりであった。

晩年の彼は、やや速めのテンポで音楽から揺るぎない構成を引き出し、強い精神力でそれに生命を与え、豊かな情感で充実させていく。

最初は意識させないのに、気がついた時には、聴き手は彼の解釈と一体になっている自分を発見する。

これは、クレンペラーがステレオの最初期、1955〜62年にかけて録音したブラームスの集成で、4枚に全曲を収め、ロープライスに抑えたのが魅力だ。

クレンペラー独特の古雅な風格をもったブラームスで、何回ものセッションを費やして完成された交響曲全集は、壮大・峻厳な趣を持ち、重厚な響きで確信に貫かれた演奏が作られている。

一瞬のゆるみもない緊張と力に支えられた端正な演奏の中から、ブラームスの苦渋とロマンが湧き上がり、もはやこのような表現は、現今の指揮者には望むべくもない。

ところでブラームスにも若い時代があったのだろうが、白髭を生やした姿しか思い浮かばないし、彼の交響曲にもそんな老いの表情が打ち消せない。

しかしそこには厳父の孤高さと慈父の柔和さが滲み出ており、雄渾でありながら包容力に富むひびきが聴きとれる。

また思索をどこまでも深くめぐらせる賢人か哲人といった風貌をただよわせ、預言者的な風格すらおびている。

宇宙の奥義を究めたようなその教えは、いくぶん神秘的で晦渋かも知れないが、噛めば噛むほど味わいの増す知恵に満ちている。

クレンペラーの演奏は、些事に拘泥せず、ブラームスのそうした味わい深いひびきの世界を悠揚迫らぬスケールの大きさで描き出しており、その感動は震撼的ですらある。

『ドイツ・レクイエム』は悠揚迫らぬ骨格の太い、すこぶる腰のすわった重厚な表現で、伝統的なドイツの演奏スタイルをそのまま伝える名演である。

クレンペラーの包容力の豊かさが各章に感じられ、その重量感はまさしく巨造建築を仰ぎみているようだし、ブラームスへの畏敬の念に満ちている。

正統、かつ重厚で、その内面の深さは量り知れない、まさに1960年代を代表するブラームスの演奏様式というべきだろう。

現在のブラームス演奏からは隔たっているかもしれないが、頑固なまでに自己の信条に忠実だったクレンペラーの融通の利かない反時代性が、この1961年録音から、いま鮮明によみがえる。

彼の解釈が最高に発揮された名演で、堂々たる歩みの中に威厳と深い悲哀をたたえた演奏は、聴く人を感動させずにはおかない。

独唱者たちもクレンペラーの解釈を忠実に守り、その意図を体現した隙のない好演で、声の美しさと内面的な深さで光る。

シュヴァルツコップの歌唱は、肺腑を突き、フィッシャー=ディースカウも敬虔いっぱいのブラームスを聴かせてくれる。

『アルト・ラプソディ』は、クレンペラーがブラームスにふさわしい重厚な表現でじっくりとオーケストラをまとめているし、ルートヴィヒも体の深部からあふれ出るような苦汁に満ちた声で共感を込めて歌い上げている。

それだけに第1部では、ゲーテが冬のハルツの旅に伴った青年プレッシングの苦悩がひしひしと伝わってくるし、また厭世的な若者の心の救済を願う第2部にも深い祈りが込められている。

『ドイツ・レクイエム』『アルト・ラプソディ』ともに合唱団の歌い込みも充分である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:44コメント(0)ブラームス | クレンペラー 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ