2019年02月18日

限りなく深い美学的追求、リヒテルとクライバー唯一の協演盤


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リヒテルは強烈な個性と膨大なレパートリーを持つ巨人ピアニストだったが、これは、その彼に勝るとも劣らぬ個性の持ち主クライバーとが、がっぷり四つに組んだ録音。

どちらも大の録音嫌い、そして名立たるキャンセル魔だったという共通点を持つ全盛期の両巨匠が、どういう巡り会わせかドヴォルザークのピアノ協奏曲という、それほどメジャーでない曲目を、しかも1曲だけ取り上げて録音するに至ったいきさつは謎だ。

しかし商業ペースに乗ることなどに目もくれず、ひたすら自己の芸術の洗練にいそしんだ2人であれば、レコード会社の要望というよりむしろ彼らの意思で選曲されたのかも知れない。

またオーケストラ・パートが充実していることから、クライバーにとってもやりがいのある協演だったに違いない。

それだけにこの演奏には両者の限りなく深い美学的な追求が感じられるし、それが対立することなく協調という理想的な形で結実したのがこの演奏だ。

それでいて2人の演奏家の丁々発止と火花を散らす掛け合いの面白さは比類がなく、激しく燃えるクライバーの棒と、あくまで冷静に構えたリヒテルのソロは、一見異質で対照的だが、その豪快な音楽の運び方は見事の一言に尽きる。

この曲にはピアノのソロ・パートをより華美に仕上げたクルツ版があるが、2人は敢えてドヴォルザークの原典版を使っていて、こうしたところにも彼らのこだわりがあらわれている。

オーケストラの音色の美しさも特筆され、バイエルン国立管弦楽団は言ってみれば指揮者クライバーの手兵だが、磨きぬかれた弦楽器の瑞々しさや、巧みに統率された管楽器のアンサンブルも聴き所だ。

1976年の録音としては音質は及第点で、欲を言えばソロ・ピアノの分離がいまひとつなのと、高音部での若干の歪みに改善の余地がある。

オーケストラはかなり良く響いているので、あるいは原盤自体のもっている性質なのかも知れない。

『さすらい人幻想曲』はリヒテルが西側に登場して間もない1963年の録音で、音は必ずしも良好ではないが、その卓抜な技巧とスケールの大きな表現は、現在もその輝きと説得力を少しも失っていない。

彼らしい重量感に満ちた力強さによって、大きなスケールの広がりを作り出しつつ、この作品の独特の構築性を浮かび上がらせた雄弁な演奏だ

重心の低い強靭な響きと熱くダイナミックな演奏は、シューベルトよりベートーヴェンを思わせるほどだが、この幻想曲のもつ劇性を力強い筆致で余裕をもって描き切っているし、豊かな起伏をもって深々と歌われた歌心も素晴らしい。

スタジオ録音だと時に感興を欠く演奏をすることもあるリヒテルだが、この演奏はスタジオ録音であることが特にプラスに作用したもののひとつで、ライヴではとかく失われがちだった腰の据わった落ち着きが、確かな造形性とロマン的な情緒との理想的に結び付いた演奏を生み出している。

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classicalmusic at 21:28コメント(0)リヒテル | クライバー 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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