2019年03月01日

マーラーの熱烈な支持者、メンゲルベルクの貴重な録音


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マーラーが生前、自作の最高の指揮者と認めていたのは愛弟子のワルターではなく、メンゲルベルクであった。

メンゲルベルクもまたマーラー作品の熱烈な支持者であり、擁護者、推進者であることを誇りに思うという相思相愛の仲だった。

メンゲルベルクはマーラーの、マーラーもまたメンゲルベルクの自作の演奏を誰よりも高く評価していた。

そのためこの録音は、異端視されるメンゲルベルクの録音の中では比較的多く聴かれている。

しかしメンゲルベルクのマーラーは極めて少なく、この交響曲第4番の他には第5番のアダージェットと、当録音と同日の「さすらう若人の歌」があるのみ。

第4番のアムステルダム初演はマーラー指揮コンセルトヘボウ管弦楽団で、1905年2月にはメンゲルベルク指揮の同楽団がハーグ初演を行った。

演奏は巧緻を極め、委曲を尽くした解釈であり、マーラーのロマンと感傷のすべてを音にしており、歴史的にも貴重な文献というべきだろう。

愛弟子ワルター以上にマーラーの高い評価を得た彼のマーラーの曲で、見事なテンポ・ルバートにまかせて、とりわけ情緒的な誇張はしていないのだが、その情緒を実に幻想豊かに生き生きとしたものにしている。

マーラーの表情の細かな変化は見れば見るほどうるさくなるような多様な変化をしているのだが、それを驚くほど微細に厳格にとらえていろいろ工夫しながらマーラーの求めた効果を出そうと努力している。

弟子であるというだけで、時にはとんでもないイモ演奏までも祭りあげられてしまう傾向は考えものだが、少なくともこの演奏は最高に面白い。

多分、マーラー自身もここまで大胆にはやっていないのではないかと思わせるほど、緩急自在、他に類のない濃密で個性的な音楽がつくられていく。

それはロマン的表現の極致であるが、マーラーは、メンゲルベルクの解釈を尊重していた。

それは作曲者の指示を存分に生かして表現的な音楽を作り出そうとしていたためである。

もっとも極端になると限度を越えているという印象をもつ人もあろう。

ところがそれが芝居とわかっていながら、そのなかに真実味を発見させ、結局は観衆を巻き込んでしまう名優に似て、メンゲルベルクの音楽は、その一種の毒が魅力的である。

冒頭からのけぞるような強烈なリタルダンドで始まるが、その後も大小さまざまにテンポを変え、それに弦楽器のポルタメントも加わり、むせるようにロマンが展開される。

その固い友情が、一夜にマーラーとメンゲルベルクの棒で第4交響曲を2度演奏する、などという前代未聞の演奏会を開かせたのである。

あのマーラー作品を指揮したメンゲルベルクによる交響曲の録音が「第5」のアダージェットを除き「第4」ひとつだけに終わったことは、返すがえすも残念なことである。

ナチスの台頭さえなければ、1940年代も記録がのこされていただろうにと思うとなおさらに。

しかし、この1曲だけでも、メンゲルベルクのマーラーの凄さは分かる。

コンセルトヘボウ管弦楽団のアンサンブルの強力さは、何より聖と俗がない交ぜになった音響がマーラーの本質とぴたりと重なる。

徹底した訓練によって様式美にまで究められた表現、ポルタメントやテンポルバートの1つひとつに真実が宿っていて、まるで工芸品のように美しいマーラーがここにある。

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classicalmusic at 20:52コメント(0)マーラー | メンゲルベルク 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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