2019年05月01日

象徴主義オペラ《ペレアスとメリザンド》にリアリティを与えたベヒトルフ演出、ウェルザー=メスト指揮、チューリヒ歌劇場の映像作品


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1902年のパリのオペラ・コミック座で初演され、20世紀のオペラ革新のさきがけとなったドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》は、オペラ史上、あるいは音楽史上に占める重要性については誰もが認めても、さて、これが本当に好きかと聞かれれば、実は退屈でという人も結構いそうである。

何しろアリアのようなものは全くなく、普通の意味での叙情的な部分も限られているし、絶え間なく続いてゆくのはフランス語の会話のパターンに合わせた歌手たちの朗誦で、オーケストラの扱いも控えめで、繊細を極めている。

ドビュッシーは沈黙もまた有効な表現の一手段となり得ることを主張したが、その実践のいい例も見ることができる。

だがオペラというものへの先入観を捨てて、優れた上演に接すれば、終始薄明かりの下での紗幕越しに見るようなドラマの展開と、シンボリックだがムード豊かな音楽の美しさの虜になるはずだ。

2004年チューリヒ歌劇場に於けるライヴ映像(ウェルザー=メスト指揮)は、ベヒトルフによる摩訶不思議な演出の個性の強さゆえに顔をそむける人もあろうが、筆者のツボに嵌り、とても気に入っているDVDだ。

そもそもこのオペラは、時代設定も場所も曖昧で、主役のひとりであるメリザンドの素性も不明、何から何まで神秘に覆われた作品なのだが、巷間で評判のブーレーズ指揮ウェールズ・ナショナル・オペラのライヴ映像(1992年)のように、舞台装置、人物設定が具体的になればなるほど、作品の本質から遠ざかってしまうように思える。

その点、ウェルザー=メストと組んだベヒトルフの演出は、登場人物の背負う得体の知れない苦悩、トラウマ、悲しみなどについて、聴衆の想像力を掻き立てて見事なものである。

舞台や衣装の色彩の美しさもさることながら、登場人物それぞれに化身である人形を介在させることで、ドラマにリアリティが増すというのも不思議な現象だ。

例えば、第1幕の冒頭、ゴローは小舟に乗るメリザンドの化身=人形に話しかければ、実像であるメリザンドは、ゴローが自分の化身に語りかける情景を背後から眺めつつ歌うのだが、それによってメリザンドの深層心理が語られていくような凄絶な効果が生まれているのである。

第3幕第4場、ゴローが息子イニョルド(ペレアスとメリザンドの関係を監視させられていた)の腕を痛めつけてしまう場面で、激高したゴローは人形の腕を付け根から荒々しく引き抜き地面に落とすのだが、イニョルドはそのちぎれた分身の腕を両手に持ちながら「お父さんが僕を痛い目に合わせたんだ!」と訴える。

グロテスクではあるが、腕をもぎ取られたに等しいイニョルドの心の痛みが切々と伝わってくる。

そんなベヒトルフ演出の象徴とも言えるのは第3幕の第1場、メリザンドが塔の上から長い髪を垂らし、その髪をペレアスが愛撫するという官能的な場面だ。

何とメリザンドが立つのは塔の上ではなく、自動車の屋根の上で、いかにも旧東側の国産といった風情の大きめの自家用車が雪化粧の中に寒々と置かれている。

あまりの意外さに客席にどよめきが起こるほどだが、筆者は全く違和感を覚えなかったどころか、陳腐な紛い物の塔であるよりは、よほど真実を伝えていると思った。

眼前の光景をはじめから壮大な虚構として受け止め、その背後に渦巻く真実を想像できるような気がするからである。

美しきは第4幕第4場の逢瀬の場面で、はじめて「愛している」という言葉を交し合うペレアスとメリザンドは、その抑制された演技ゆえに、2人の思いの切なさが伝わってくる。

そこに『トリスタン』の肉欲を超えた凄まじいエロスがあり、これこそドビュッシーの狙いだったのだろう。

そして、ゴローによるペレアスの静かなる刺殺、「ああ、星が落ちてくる」と叫び絶命する瞬間にこそ、ペレアスの歓喜の頂点はあったに違いない。

ウェルザー=メストの指揮も恣意性はなく、ドビュッシーの音楽をありのままに表現してくれているし、透明な綾を織りなすオーケストラも優秀だ。

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classicalmusic at 06:33コメント(0)ドビュッシー  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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