2022年05月22日

究極の演奏、究められた美の世界、若くして病死した天才ピアニスト、田中希代子のドビュッシー


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どこからみても完璧に素晴らしい演奏だが、それほど素晴らしいだけに気安く人には勧めたくないアルバムというのが時にある。

掛け値なしの名演であり、世評も高く、ネット全盛の時代にCDで購入する代価以上のものが絶対にある、いやそれこそ一生ものになる価値を持つアルバムなのだ。

安易な聴き方をされてそこらに片づけられてしまうくらいなら、紹介しないほうがいいと感じてしまう、それほどの愛着と敬意で大切にしたいアルバムのことである。

弊メルマガを登録させていただいた方に限り、ついさきほどご紹介させていただいた稀有の天才ピアニスト田中希代子(たなか きよこ、1932年2月5日 - 1996年2月26日)がそれにあたる。

西洋音楽の真髄に達した日本の女性のピアニストが吟味に吟味を重ね、推敲に推敲を重ねた最終回答が1つ1つのディスクに記録されている。

それは演奏という生身の表現行為が達成し得た1つの頂点、ほとんど奇跡的偉業をしるしたものと言えよう。

田中希代子の人生は音楽、それもピアノ音楽のみに捧げられた。

妥協や曖昧さや不透明さは徹底して退けられ、音楽の核の部分のみが結晶として残されたし、その結晶はさらに絶妙なバランスと比重の中で組み立てられていった。

こうして初めて姿を顕わす作品の世界は、名演という概念を超え、さらに作曲者の領域すらも超えて、聴き手を究められた営みへと誘うのである。

美しいことはもちろんだが、それはただ単に耳に快い美しさではない。

聴き手の感覚や心の在り方を浄化していく試練のような力を持つ美しさである。

自ずと聴き手は膝を折って祈るように聴き入り、田中希代子詣でにも似た音楽の時を生きることになる。

与えられる感動は限りなく深く、また優しく、全曲を聴き終えた時は、何か自分が生まれ変わった、そんな感銘に身を引き締めることになる。

2人といない芸術家、田中希代子の至芸がこのドビュッシーである。

ピアノ音楽はどこまで美しくなれるのか、ドビュッシーの精妙なる世界はどこまで幻想の翼を広げていくのか、いやそもそも音楽的感動とはどこまで高められていくものか、その究極の到達点を見せたアルバムである。

愛らしい音の世界に無限の宇宙の営みを聴く《子供の領分》、文字通り絵画的情景を脳裏に浮かべ、イメージの軌跡とも、感覚の旅路とも言える経験に誘う《前奏曲集》等々、いずれも美しすぎる世界である。

そしてこの美しさは芸術の常として1人1人に孤独を噛みしめさせるのである。

聴いて欲しい人が自ずと限られると言った理由もそこにある。

ピアノに生きるということが、どれほど過酷な試練であり、また望外な喜びをもたらすかを教えられる演奏だ。

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classicalmusic at 09:39コメント(0)ドビュッシー  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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