2019年12月22日

《浄められた夜》弦楽合奏版の演奏史の古典、ミトロプーロス晩年のステレオ録音


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1949年にストコフスキーとともにニューヨーク・フィルの指揮者に迎えられ、翌年は正指揮者、1951年から57年までは音楽監督も務めたミトロプーロスのそこでの業績は、意外なほど知られていない。

翌シーズンに首席を分かち合ったバーンスタインの異常なほどの人気の陰になったことと、1960年に世を去ったことにもよろう。

しかし、この最晩年(1958年)のシェーンベルクの《浄められた夜》とかヴォーン・ウィリアムズの《タリスの主題による幻想曲》などの録音を聴くと、彼が極めて知的に作品に向かいながら、しかも驚くほど豊かなロマンティシズムをそなえ、スケールの大きい音楽表現を可能にしていたのがわかる。

特に、後者はニューヨーク・フィルの弦楽セクションによって強靭に歌われる旋律が心に染みる佳演で、幻想曲の概念をはるかに越えてさえいる。

《浄められた夜》はシェーンベルク初期の傑作だけにロマン的な情感が濃厚で、特に彼自身による弦楽合奏版は、弦の響きが豊かなだけにその傾向が強くなる。

多くの指揮者はこの傾向を強調するが、ミトロプーロスはかなり違ったアプローチを示しており、ここで聴けるのは、自然なふくらみに満ちた、瑞々しい音楽の流れだ。

前半の短調部分では峻厳な雰囲気を湛えた劇的な展開が、長調に転じた後半では、旋律線をクリアに保ちながらの切々とした歌い込みが、曲想にぴたりとはまり、デーメルの原詩が持つ官能的な世界を爽やかに描き出す。

品良く漂うロマンティシズムは、新鮮かつ柔らかな感触を与えてくれるし、また、流動感の強いやや速めのテンポは、演奏に心地良い緊張感をもたらす。

彼の解釈は激しい集中力に裏づけられているが、本質はあくまでも明晰であり、その結果一つ一つのフレーズが恐ろしいほどの存在感を伴って迫ってくる。

ここでは、世紀末的なロマンティシズムが古典の純粋さと結びついて、演奏に普遍的な説得力を与えているし、全体に呼吸の深い音楽作りが、作品の真価を見事に表出していると言える。

この曲の演奏史の古典とも言うべきものだが、速いテンポで音の線の錯綜をくっきりと表出してゆく演奏は、今日でも現代性を失っていない。

ニューヨーク・フィルの弦楽セクションの威力も見事で、ヒスノイズはあるものの、分離の良いステレオ録音によって、名技が楽しめる。

ミトロプーロスの演奏でこの曲を聴くとき、聴き手は金縛りにあったように身動きもできないが、それだけに聴き終わった後の感動は大きく、《浄められた夜》というより、かつてのように《浄夜》と呼びたいまことにパセティックで切実な、重い演奏である。

1970年代以降は、耽美的で甘口の解釈や、逆にもっとクールで分析的なアプローチが増えたが、このミトロプーロスによる見通し良く、かつ、ふくよかさにも欠けない名演の重みは不変だ。

より精緻な演奏はいくつもあるが、この演奏がもつ痛切な表現力は、確かに現代の演奏には求められないものだろう。

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classicalmusic at 13:08コメント(0)シェーンベルク | ミトロプーロス 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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