2019年08月27日

途轍もない迫真さ、赤裸々な悲しい人間の性の注視、社会の汚点を凝視する人間性に発する眼差し、ミトロプーロスの『ヴォツェック』


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ディミトリ・ミトロプーロス(1896-60)のことを、クラシック界の高僧(モンク)と呼ぶ人がいる。

有名な指揮者でありながら、彼の私生活を知る人は非常に少ないこと、彼の演奏は死後20年余り経って初めて録音で世界で知られるようになったなど、指揮していた事実を除けばほとんど隠遁っぽい生活を送っていたという。

快楽を忌み嫌う、生活が質素である、芸術に厳しい、生涯独身である、純粋に音楽的に冷静で完璧な演奏といった点で、彼に太刀打ちできるのは、グレン・グールドぐらいだろうか。

「私はギリシャ人なので、何でも参考になる」という謙虚さなど、ギリシャ正教が音楽に対してもっと寛容であったなら聖職者になっていたに違いない。

ミトロプーロスの実演に接した人たちは、ときおり「神のようなミトロプーロス」という言葉を発していたと聞いたことがあるし、とにかく人間的に魅力的な素晴らしい人だったらしい。

そしてむろん音楽家としても、周知のように20世紀を代表する指揮者の一人に数えられる傑出した存在だった。

コンサート、オペラ、そして現代音楽の演奏に、第2次世界大戦前から戦中、戦後にかけて、大きな業績を残したミトロプーロスだが、残念ながら録音が少ない。

アルバン・ベルクの『ヴォツェック』は、その数少ないCBSの正規録音だが、もともとコンサート形式で行なわれた上演のライヴで、ニューヨーク・フィルの団員たちの年金の基金を得るためのものだったが、ミトロプーロスは全幕暗譜で演奏し、その恐るべき記憶力で語り草になっている。

この『ヴォツェック』の全曲演奏は、すぐに録音レコード化され、一番早い商業録音(LP盤)となった。

『ヴォツェック』は、1930年にベルリンでエーリヒ・クライバーの指揮により初演が行なわれた5年後にアメリカで同じくクライバーの指揮により「ヴォツェックの3つの断章」と題されて部分的に初演されたが、このアメリカ初演をしたのもニューヨーク・フィルであった。

ミトロプーロスの現代音楽の演奏にはいくらかの演奏家や指揮者にありがちな「私は、今難しい現代音楽を演奏している」といったしゃちほこばった構えが全くない。

この自然さは確かに彼がモーツァルトのスコアと同じように現代音楽を振れる(=暗譜できる)こともあるが、それ以上に彼の演奏はその現代作品の内包する(流行であった演奏スタイルではなく)時代の雰囲気を正確に映し出していることにある。

指揮者のアプローチから言えば、このオペラ最初の全曲盤であるミトロプーロス盤の方が、定評あるベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ盤より遥かに共感は深い。

なぜならベームによる『ヴォツェック』解釈は、基本的には彼が成功したシュトラウスの『サロメ』や『エレクトラ』のドイツ象徴主義ないしは新ロマン派風の青白いペシミズムと沈鬱さの表出に似ていて、ミトロプーロスが生み出す音楽のような途轍もない迫真さ、肝心要の赤裸々な悲しい人間の性(さが)の注視や、社会の汚点を怒りをもって凝視するような人間性に発する眼差しを欠いているからである。

それにアプローチだけでなくミトロプーロスとベームとを比べた場合、20世紀を語るにあたってのその存在の歴史的意義には、雲泥の差があると筆者は思っている。

ミトロプーロスは最後のヴォツェックの死よりもマリーの死の部分を強調する。

第3幕第2場で、血のついたナイフのような赤い月が上り、h音のティンパニの連打の中ヴォツェックがマリーを刺すシーンは、ハインリッヒ・ホルライザー指揮による1963年日本公演のライヴ録音の比ではなく、その後のh音による長いクレッシェンドもブーレーズの1966年の録音以上の緊張感である。

ヴォツェックが「死んだ!」と言う後の最初のh音によるクレッシェンドで一端音楽を切り捨て、2度目のh音の強奏からなだれ込むように居酒屋のシーンにもっていくことで、ミトロプーロスは、作品の大きな盛り上がりをここに作り出している。

前述のように『ヴォツェック』の最初の全曲録音(1951年)だが、同曲演奏史に残る貴重な演奏記録、感動的名演である。

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classicalmusic at 12:31コメント(0)ベルク | ミトロプーロス 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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