2019年05月19日

いち早く問題提起、時代を先取りしていたバーンスタインのショスタコーヴィチ第5番、SACDハイブリッド化


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ショスタコーヴィチの15曲の交響曲の中で、最も数多く演奏され、幅広いファンを獲得しているのが第5番であるということは、それなりの理由があることも事実であろう。

楽譜には今もって疑問を残すところがあるとしても、こうした位置に置かれる作品には、当然のことながら数多くのレコーディングも生まれているし、その中に心ひかれるものがいくつかあっても不思議ではない。

バーンスタインが1959年に、音楽監督に就任したばかりのニューヨーク・フィルと録音したこの演奏もそのひとつと言えるし、その後1979年にも、この顔合わせが来日した際の東京文化会館でのライヴがあるが、その双方が今もって高い評価を得続けている。

そのいずれをとるかは、その条件の違いをどう受け止めるかによって異なろうが、バーンスタインにとって、このベートーヴェンの第5交響曲にも相通ずるような“苦悩を突き抜けて歓喜へ”の理念を思わせるような作品への共感が、より率直に表出されていたのは、この最初の録音であるかも知れない。

ただ今回SACDハイブリッド盤で改めて聴いてみると、この演奏のインパクトの強さ、とりわけフィナーレの異様なまでの激しさは、バーンスタインが直感的に、この曲が単純な勝利の音楽ではないことをいち早く見抜いていた証ともとれるし、彼は時代を先取りしていたのだとも思える。

41歳という年齢的な若さもさることながら、演奏には覇気の迸りや気迫のこもった英気が滲み出ているのが容易に見てとれる。

それは、彼が実質的にまだ若かったということなのであろうが、オーケストラとの間の緊張感も含めて、その演奏にはライヴに匹敵するような強い気迫が感じられる。

この第5番はその代表的なものだが、彼の得意演目であったこともあって、冒頭から高いテンションの演奏が展開されている。

時として粗削りな表現がむき出しになってしまうところもあるが、表現力はかえって増すようにさえ思える。

その響きは、そうした面を反映してか、多少粗野なところもないではないが、そこに自己の音楽を自在に飛翔させ、新たな未来を見据えたようなその演奏は、聴く者に新鮮な感動と希望をもたらしてくれる。

ムラヴィンスキーの峻厳なイメージとは異なり、解釈は自在で溌剌とした気風に満ちており、いつ聴いても新鮮な感動と興奮を覚えさせる名演である。

まだショスタコーヴィチのもろもろの真実についてとやかく言われていなかったあの時代に、いち早くただならぬ問題提起をした、バーンスタインの本能的な洞察力に脱帽する。

カップリングされているコープランドの《ビリー・ザ・キッド》はニューヨークで生まれたが、育ったのはニューメキシコで、どちらの風土が彼により影響しているかはわかりにくいが、コープランドの創造したキッドは、凶悪な行状描写よりは、詩人が草原で夢想しているといった風貌に近い。

「ガン・バトル」のシーンも命がけで闘っているというよりは、バレエ音楽を意識し、ユーモラスなダンスを楽しんでいるといった印象だ。

おそらく彼はキッドに芸術家的なテンペラメントを見て、そんな要素を拡大しようとしたのだろう。

バーンスタインはそれを洞察し、抑制の効いたポエジー溢れる演奏を示している。

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classicalmusic at 14:03コメント(0)バーンスタイン | ショスタコーヴィチ 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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