2019年05月23日
ヴィルトゥオジティを通した高い音楽性の実現、ヴェンツ2度目のバッハ:フルート・ソナタ全曲録音
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ヴェンツの1回目のフルート・ソナタ全曲録音が1991年で、それから18年後、彼が48歳になった2008年にこのソナタ集の再録音が行われた。
前回は偽作を含むソナタ7曲が勢揃いしていたが、今回は真作4曲と無伴奏パルティータ、それにトリオ・ソナタとして知られているBWV1038、1039及び『音楽の捧げ物』を加えてバッハの作品により忠実なプログラムになっている。
前回と異なる点は先ず使用楽器がパランカではなく、ブレッサン、オーバーレンダー、ウェイネの3種類のモデルを使い分けていることだ。
パランカはかなり機能的なトラヴェルソだが、むしろバッハ以降の音楽に適しているので今回の楽器の選択は時代の要求に適ったものと言える。
次にテンポの設定についてはテクニックに任せて吹きまくっていた30代の頃よりやや遅めになって音楽に余裕を持って取り組んでいる姿勢が窺われる。
バッハはいわゆる名人芸が聴衆の心を強く捉えることを充分に心得ていて、それを自分の作品に効果的に取り入れる一方で彼はその弊害も熟知していた。
つまり技巧を優先させると往々にして音楽性が二の次になるという明らかな現象であり、彼はそれを完璧に避けた。
当時カストラートの超絶技巧歌唱が全盛を極めていたイタリア・オペラにバッハが手を染めなかったのは偶然ではない。
トラヴェルソ奏者としてのヴェンツの豊かな音楽性や優れた表現力は、ヘンデルやブラヴェのソナタ集で顕著だが、前回に限って言えば速すぎるテンポ設定のために技巧が前面に出て、バッハ特有の深い音楽的な味わいが薄らいでしまっていた。
これを正当化するために彼は前回のCDの解説書とアメリカのニュースレター誌トラヴェルソに小論文を掲載している。
今回も大曲ロ短調ソナタの終曲ジーグは相変わず誰よりも速く、曲の始めから既に速いテンポを採っていて、殆どアクロバット的な超絶技巧曲のようだ。
つまりヴェンツはバッハが記した拍子記号と当時の習慣的な記譜法から曲の速度を割り出したようなのだ。
またこの時代の作曲家たちが絶対的な速度感ではなく、相対的にテンポを考えていたことを認めながら、メルツェルに先立って1696年に既にエチエンヌ・ルリエがメトロノームを製作していたことも指摘している。
彼はやはりヴィルトゥオジティを通した高い音楽性の実現を試みているのだろう。
彼の師クイケンの演奏をクラシックでアポロン的な表現とするなら、ヴェンツのそれはデュオニュソス的であり、様々な楽器を繰り出して聴かせる音色の変化に加え、アーティキュレーションも自在かつ多彩だ。
尚前回より楽譜には忠実で、リピートも省略していないため無伴奏パルティータ、アルマンドの最後の超高音aも2回吹いているし、サラバンドの反復部分の任意装飾も興味深い。
ピッチはa=415に統一されている。
このCDはブリリアント・レーベルの廉価盤だが勿論オリジナル・リリースで音質は非常に良く、トラヴェルソ特有の暖かみのある陰影を含んだ音色や、ボルフステーデの弾くルッカース・モデルのチェンバロの芯のあるふくよかな音質が良く再現されている。
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