2019年09月09日

グルダとアーノンクール、奇跡的な2人の出会い!心からの喜びにあふれたモーツァルト


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ごく稀にだが、幸福なる出会いというのが人生にはある。

それはただ単に会って嬉しいという以上に、予期せぬ成果まで生まれて本人同士はもとより、周りの人間まで幸福にしてしまう、そんな出会いである。

2000年1月27日(モーツァルトの誕生日だ)、69歳で亡くなったウィーンのピアニスト、グルダは、音楽の都の伝統の継承者というレッテルを貼られるのが嫌で、ジャズやロックに走り、コンサートで演説をぶったり、先輩巨匠たちに難癖をつけたりと、反逆児を装った。

装ったと書くのは、グルダの心の奥底にはそれでもなおウィーンを愛し、モーツァルトに惚れ込み、その最高の演奏家たろうという自覚と自信と誇りがあったからである。

ウィーン・フィルとモーツァルトの名演を聴かせてくれたことは広く知られているし、かつてピアノを教えたことがあるというアバドの指揮でいくつかの協奏曲の録音を残しているが、行儀が良すぎるアバドに途中で退屈したとも語っていた。

そんなグルダが心からの喜びをもってモーツァルトのピアノ協奏曲に奉仕し、楽しみ、その世界を生き抜いた演奏がアーノンクールの指揮で録音された《第23番》と《第26番「戴冠式」》である。

グルダはモーツァルト時代の習慣そのままに、オーケストラが主題を奏で始めるとすぐにピアノで挨拶するように参加してくるが、そこにはオーセンティックなスタイルはこうなんだとか、物知りはこうするもんだといったスノビッシュな恰好づけは微塵もない。

笑顔で漏らす「だって弾きたくなるんだよ」という声が聞こえてきそうである。

しかもグルダの演奏は優しすぎないし、情緒過多にもならない。

背筋がスッと伸びており、英雄的というのか逞しい芯のあるモーツァルトである。

「天から遣わされた奇跡の音楽家」とか「音楽の神様」と言ってモーツァルトをもてはやすのではなく、グルダのモーツァルトは何よりも人間的であり、そこにある遠いようで近い距離感がかえってモーツァルトの音楽の素晴らしさを生き生きと、しかも輝かしく再現することになっている。

アーノンクールとのコンビがまた絶妙であり、2人はモーツァルトの作品を挟んで対話している。

その対話も最初から結論が出ている慰め合いなどではなく、より高い合意に達するための試練のようなコミュニケーションであり、それが演奏内容にかつてない陰影感と詩情を与えることになっている。

ことにグルダのピアニズムが結晶となった《第23番》は絶品で、聴き終えて、もう一度最初から聴き直したくなる。

そんなモーツァルトはそうあるものではない。

奇跡的出会いとなったが、グルダは例によってアーノンクールとその後決裂、以後アルバムを作ることはなかった(これ以前にはチック・コリアとの組み合わせで《2台のピアノのための協奏曲》を録音しているが)。

その理由を聞くと「やりすぎなんだよ、あいつは」とまた毒舌が始まった。

本当に美しい出会いは一度だけでいいのかもしれない。

余談だが、グルダはアルゲリッチの先生で、「先生のモーツァルトがある限り弾きたくない」と漏らしたとか。

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classicalmusic at 12:26コメント(0)グルダ | アーノンクール 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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