2019年05月30日

新鮮なアイディア、作品の世界を遊ぶかのような愛情の豊かさ、マリナーのヴィヴァルディ《四季》


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バロック音楽の再現法は20世紀後半、激変した。

アーノンクールを筆頭に、ホグウッド、クイケン、ピノック、コープマンらが古楽演奏の考え方と質と方法を問い直し、それまでの19世紀的慣習的演奏がきわめて根拠と説得力の薄いものであることを証明してきたからだ。

バロック音楽は決して情緒的なバックグラウンド・ミュージックではない、驚きと発見に満ちた、生きて、輝く音楽であり、そのためには新しい眼と考え方が必要なのだということを、彼らの演奏で証明してきたのである。

レコード界は渾然一体の乱戦模様となった。

片やイ・ムジチのベストセラー盤があるかと思えば、アーノンクールやホグウッドらによるショッキングな演奏も飛び出してきた。

またカラヤンやバーンスタインのような大家によるオーソドックスな演奏もリリースされ、《四季》はアルバムの数だけ異なる版が存在すると言ってもよい状況すら呈したほどである。

だがそんな中、イギリスの名ヴァイオリン奏者で、アカデミー室内管弦楽団の創設者ネヴィル・マリナーが打ち出した《四季》は新鮮この上ないものであった。

それは古楽を標榜したものでも、巨匠風を吹かせたものでも、特定の名ヴァイオリン奏者の至芸をアピールしたものでもない。

一見、セールス・ポイントに欠けるかと思わせたが、作品に寄せる愛情の豊かさと、聴衆を喜ばせようとするサービス精神が従来盤とは全く異なった。

アイディアが新鮮で、よい意味で、作品をもっと楽しく、もっとイメージ豊かに、もっと面白く、しかしその精神はきわめて真面目に再現しようとした意欲があり、それが演奏全体を浮き浮きと、また溌剌としたものに変えたのである。

ハープシコードに加えてオルガンを加えた程度のアイディアは今ではなんの新しさも感じさせないが、目に見える変化以上に、この演奏には夢がある。

いやより正確に言えば夢見ようとした心意気があり、それが《四季》をただ単に料理するのではなく、楽しく、作品の世界を遊ぶかのような演奏を作り出しているのである。

こうした仕掛けはマリナーの独壇場であることはもちろんだが、どうやらソロ・ヴァイオリン奏者を務めたアラン・ラヴデイと通奏低音を受け持ったサイモン・プレストンの貢献が大きいようだ。

何よりも真面目で、正確で、巧さもとびきりなのだが、それがいささかも学究臭さに傾くことなく、みずみずしい表情の美しさと躍動感に満ち溢れている。

演奏家がもつ楽しみの心を全開させた《四季》は、その押し付けではなく、誘い、誘われる演奏である。

特長で語らせる演奏ではなく、奇を衒う演奏でもない、内なる演奏の喜びの豊かさで尽きせぬ魅力を提供してくれる古くて新しい、そして永遠の価値を持つ《四季》である。

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classicalmusic at 19:30コメント(0)ヴィヴァルディ  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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