2019年08月12日

ルネサンス台頭のフィレンツェが維持できなかった文化の行方


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高階氏は先ずルネサンスを育む土壌となったフィレンツェ共和国という都市国家の特異性を説くことから始めている。

引用されているヴァサーリの言葉は確かにこの国の体質を象徴している。

コジモ・デ・メディチによって創設されたアカデミアでネオ・プラトニズムや新しい科学に感化されて育った文化人や芸術家達は、彼らの才能を先進的な創作活動に注ぎ込むが、フィレンツェがその爛熟と凋落の狭間にさしかかった時、メディチ家の当主ロレンツォ・マニフィコは外交的な政略手段として多くのアーティストの外部派遣を敢行する。

しかしその後彼らは故郷での仕事に再び就くことは稀だった。

何故なら因習的なフィレンツェの人々の趣味は洗練に敏感であっても革新的なものには常に懐疑的だったからだ。

そしてロレンツォのサヴォナローラとの確執と敗北、更にサヴォナローラの火刑に至る時空をフィレンツェで生き続けたボッティチェッリの作風が第七章までの中心的なテーマになる。

これについては同著者の『フィレンツェ』に詳しいが、以降の考察に欠かすことができないプロローグとなっている。

ルネサンス以降のアーティスト達は作品に彼らの哲学や宗教的、あるいは歴史的事象を意識的に盛り込むので、ヨーロッパ文化から離れた世界の人にとっては、個人の美学的センスに頼るだけでは充分ではなく、いわゆる絵解きが不可欠になってくる。

後半では三美神や目隠しされたキューピッドの意味するところが詳述されているが、ボッティチェッリの『春』ひとつを鑑賞するのに最低限知っておくべきことが如何に多いかという事実も、彼が当時を代表する第一級の教養人だったことを証明している。

こうした絵解きをしていくことによって初めてそれぞれの作品の深みに接することが可能になるだろう。

しかしある程度のルールを理解するのであれば、それは他の作品にも応用できる。

そうした重要なヒントが満載されているのが本書だ。

その意味では学術書であると同時に芸術作品鑑賞のための最良のガイド・ブックになり得る優れた解説書でもある。

確かに掲載された写真は総て白黒でサイズも充分な大きさとは言えないが、現在インターネットを通じてたやすく作品のイメージを閲覧できることを考えれば、それらの欠点を補って余りある価値の高い著作だ。

アカデミアのネオ・プラトニズムはプラトン哲学とキリスト教の整合性を観念的に理想化しているが、そうした複雑な考察がさまざまな名画にも映し出されている。

第四部2人のヴィーナスではボッティチェッリの『ヴィーナス誕生』からティツィアーノの『聖愛と俗愛』、ラファエッロの『騎士の夢』、更にはティツィアーノの『フローラ』や『聖女マグダレーナ』と続いて女神ヴィーナスの持つ二面性を説いている。

美の象徴であるヴィーナスには、その背後に快楽をもたらす娼婦のイメージが二重写しになるのは宿命と言えるだろう。

第五部ではジョヴァンニ・ベッリーニの『神々の祝祭』の謎めいた登場人物についての詳細な考察が興味深い。

カトリック宗教画の権威だったベッリーニがイサベッラ・デステとの長い交渉の末にようやく承諾した異教の神々の宴に寄せた作品は、実は1502年に結婚した弟のアルフォンソ・デステとルクレツィア・ボルジャのために描かれたと結論付けている。

神々のそれぞれの顔は新郎新婦やこの絵画制作を仲介したピエトロ・ベンボ、またベッリーニ自身の自画像になっているが、弟子のティツィアーノによってかなり大胆な手直しがされた事情も解き明かされている。

それはアルフォンソの趣味に合わせた改変だが、新しい絵画様式の到来をも告げていて象徴的だ。

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classicalmusic at 12:52コメント(0)芸術に寄す  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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