2019年07月04日

ハイドンの演奏は古楽器が有利だが、クイケンのアプローチは古楽器の良さが生かしきれない、音楽の難しさを感じる一盤


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同じ古楽器によるハイドン演奏でも、ブリュッヘンによるものと、その僚友(というより弟子に近い)S・クイケンのものとでは、ハイドンの音楽に対する考え方がそもそも違うようだ。

これだけ異なれば、互いに別のレコード会社にハイドンの交響曲を録音し分けることは意義がある。

どこが違うかというと、まず演奏人数で、このクイケン盤は親切にも、解説書に、曲別に全演奏者名が表記してあり、人数が少ないので、そういうことが可能なのだろう。

基本的には7/7/4/4/2の弦(プルト数ではなく人数)に2本ずつの管、それにチェンバロという編成で、わざわざ数字を書き出したのは「作曲当時の楽器と編成による再現」という誤解を防ぐためだ。

良く知られているように、ハイドンは《パリ交響曲》を、パリの大オーケストラのために作曲した。

そのオーケストラは、ヴァイオリンだけでも20名という現在でも通用する大きさを誇っていた。

もし「作曲当時」を標榜するのであれば、このクイケン盤の人数では明らかに足りない。

ブリュッヘンと18世紀オーケストラが日本でハイドンを演奏した時には、8/8/6/4/3にチェンバロなし、という、もうひと回り大きい数を要していた(それでも当時のパリの楽団には及ばない)。

それで、どういうことになったかというと、このCDに聴く《パリ交響曲》は、恐らくハイドンが意図した響きよりも小ぢんまりしたロココ風のものに変わった。

一概には比較出来ないものの、ブリュッヘンのハイドンから聴くことのできる豪奢な風格や、ユーモアのセンスも影を潜めてしまった。

しかもこれは単に人数の問題ではなく、ブリュッヘンなら、同じオーケストラを指揮してももっと大きな音楽を作るだろう。

ここでは第82番ハ長調〈熊〉の評価が難しい。

これを聴くと、慣用版にあるトランペット・パートを生かしているにもかかわらず、音楽があまり盛り上がらず、まるでマンハイム楽派か何かの出来のいいシンフォニーを聴いている気分になってくる。

《パリ交響曲》には〈熊〉〈牝鶏〉そして第85番〈王妃〉(このニックネームは作曲者のあずかり知らぬことではあるが)という動物三部作(!?)が含まれているのだから、そのようなユーモアもいくらか欲しい。

冗談はさておき、ともかく、この演奏は妥協の産物ではないかと筆者は考えている。

使われている楽譜や繰り返しの省略等は、やや慣用に傾いているのに、オーケストラの人数は作曲者が考えていた以上の緊縮型、どうも少し中途半端だ。

短調をとる〈牝鶏〉交響曲でも、再三の長・短調の交替部分も、あまり色調が変化しない。

尤も美しい部分も少なくなく、〈牝鶏〉の開始部分での奏でるオルガンのような響きや、同じ曲の第1楽章でオーボエがスタッカートで出す〈牝鶏〉主題の面白さは、現代楽器を使ったマリナー、C・デイヴィス盤からは味わえない。

古楽器を使っていることと、名演奏か否かということは当然ながら一致しないが、ただ、ハイドンの交響曲の再現には、古楽器使用が有利なので、このあたりが音楽の難しいところだ。

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classicalmusic at 00:29コメント(0)ハイドン | クイケン 

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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