2019年07月28日

マーラー生誕100年記念祭、ワルター&ウィーン・フィル最後の共演にして最上のステージを伝える貴重な記録


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1960年マーラー生誕100年祭に於けるライヴ録音で、ワルターの最上のステージを伝える貴重な記録であり、この時彼は実に83歳。

体力の限界を理由に一度は断りながら、ウィーン・フィルの熱烈なラヴコールに応え、ムジークフェライン最後の指揮台に立ったものである。

ワルターの勇断は名コンサート・マスター、ボスコフスキー率いるウィーン・フィル渾身の演奏ぶりによって報われた。

指揮者、楽員双方が、最後の共演であることを意識し、お互いの最高の面を見せ合ったのだろう。

マーラーの「第4」は、全曲を通してワルターの気合は十分で、決め所での迫力にも事欠かないし、匂い立つ弦がいっそうの芳香を放ち、魅惑の花々が咲き乱れる。

ウィーン・フィルが、それこそ身も心も美の女神にゆだねながら演奏している、とてつもなく美しい場面が続く。

殊に第3楽章の深遠な叙情には、ワルターのウィーンへの、そして人生への告別の歌のようで、涙なしに聴くことはできない。

唯一残念なのは、ソプラノ独唱の人選ミスで、シュヴァルツコップの歌唱は、ドイツ語のディクションの明瞭さが仇となり、説明くさい音楽になってしまっている。

このフィナーレは純粋さ、可憐さ、素朴さが求められる至高の音楽であり、シュヴァルツコップの起用は、化粧の匂いが強すぎるのである。

マーラーの「第4」とともに演奏されたシューベルトの《未完成》は、筆者の知る限り、同曲の最美の演奏である。

ワルター&ウィーン・フィルと言えば、誰もが、懐かしい郷愁、甘美な歌などを連想したくなるものだが、ここに聴く《未完成》は、まったく違う。

あるのは、死にゆく者、去りゆく者の魂の慟哭ばかりで、これは交響曲版《冬の旅》なのである。

第1楽章は傷ついた者の凄惨な旅路だ。

《冬の旅》で言えば、裏切られた恋人の家に別れを告げ、街を去る第1曲「おやすみ」から、第5曲「菩提樹」で菩提樹のささやきを振り切り、運命の深淵に引きずり込まれる「鬼火」に相当するだろうか。

胸一杯の愛情と未練を残しながら、この世から去りゆかねばならなかったシューベルトの魂の叫びが聴こえてくるようだ。

第2楽章は、破滅した者、絶望した者が見た一場の夢であり、幸福な昔への悲痛な階層である。

《冬の旅》で言えば、束の間の甘い夢である第11曲「春の夢」、抑えていた孤独から激情が爆発する第12曲「孤独」などにも喩えられるだろう。

《未完成》を書いていた頃のシューベルトはまだ25歳、「死」の影が眼前に迫っていたわけではないが、その初期の症状をすでに感じていたのではないだろうか。

もっとも、《未完成》は断じて標題音楽ではなく、交響曲版《冬の旅》説は、あくまで音楽の本質を見極めるためのヒントに過ぎないことを申し添えておく。

ともあれ、ワルターとウィーン・フィルのライヴは、その艶やかで美しい音色と、崩れるような風情、そして肺腑を抉るティンパニの最強奏などによって、胸から心臓を取り出して、我々に見せてくれるような、恐ろしくも美しい名演となった。

音質もALTUS盤で聴く限り、大変魅力的で、マイクが楽器に近く、それでいてバランスも悪くない、聴く者を夢見心地にさせてくれる名録音である。

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classicalmusic at 14:25コメント(0)ワルター | マーラー 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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