2019年10月03日
ミツコ・ウチダの選択
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彼女の日本語の実践ぶりには何かと不快感を禁じ得ないこともあろうが、彼女の音楽は決して不快ではない。
確かに、ショパンコンクール凱旋当時は、内田光子の演奏に技術と才能の顕揚ぶりと同時に、不快というより退屈と言うべき瞬間が限りなくめぐってくるのを人はしばしば実感し、席を立ちたくなったこともあった。
そして、たまたま回したテレビのチャンネルで日本人のインタビューを受ける彼女を見、その返答ぶりの意図的とも思えるぞんざいさと無償の攻撃性に、何という人間だろうとつい呟いてしまったこともあった。
しかし、彼女が実践する不快さは、むしろ、いかにもデマコジーに満ち迎合的に展開される日本式テレビインタビューの常識をあっけらかんと無視し、何か見てはならないはずのものを見せられてしまった時のあの感覚、隠された真実が荒々しく露顕する時のほとんど快感と言ってもよい不快感に過ぎず、取り立てて特権的な出来事ではないことは言うまでもない。
内田光子は長らくロンドンに定住し、ミツコ・ウチダとして活躍してきたが、彼女にとって問題があろうとかつて人が考えたのは、その存在の不快さではなく、むしろその音楽の退屈さだった。
疑問の余地のないその技術がありながら、なぜそんなにまで律気に譜面をなぞらなければならないのだろうと人は自問したものだった。
自動車やコンピュータを輸出しつづける国が音楽家の輸出国でもあることは言うまでもないが、保守的とは言え音楽とは何かということを他のどの国の人々よりも心得ていると言いたくなる女王陛下の英国に限らず、ヨーロッパの音楽家たちは、お世辞抜きに、日本の音楽家はオーケストラには向いているが、ソリストには向いていないというほとんど神格化した言説を信じていて、優秀だが個性がないという日本製品全般に向けられた視線をミツコ・ウチダも体験することになったであろうことは想像に難くない。
例えば、ジョン・シュレジンジャーの映画『マダム・スザーツカ』でも、その視線は、ショパンもバルトークも同じように弾くピアニストはロンドンでは売り出せないが、東京に連れていけば大丈夫だという台詞に翻訳され、日本の聴衆にさえ向けられているし、世界的なブランドになりつつあるヤマハやカワイのピアノについても、家に置いておくのには良いが、コンサート用には不足だという具合の視線がつきまとっている。
もちろん、こうした日本神話はヨーロッパやアメリカの偏見だけで出来上がっているわけではなく、他者が選択するものは選択するが自分では選択しない、という相変わらずの日本の無責任ぶりに一因があるのは言うまでもない。
同じショパンコンクールで選ばれたとは言え、カレーライスの宣伝にでも出演して国内的な安定を図るに甘んじようというのとは違い、ミツコ・ウチダは、東京ではなくロンドンを選択し、選ばれたことに責任をとろうと努めてきたピアニストだと言うべきだろう。
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