2019年10月04日

作品を最大限の誠実さと謙虚さによってとらえ磨き抜かれた技術で音に変える真摯な探究者クーレンカンプ


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シュポア以来の伝統を誇るドイツのヴァイオリン界だが、20世紀前半を彩った名手は、アドルフ・ブッシュとゲオルグ・クーレンカンプの2人に尽きると言っても決して過言ではないだろう。

ドイツの演奏家は、ヴァイオリンに詩人の歌を聴くのか、感覚的に熱狂するのとは対照的に、しばし甘美な思索にふけるような演奏を聴かせて聴衆を魅了するが、クーレンカンプの芸術もまさにこうしたドイツ的幻想のヴァイオリンを堪能させてくれるものと言える。

ナチス政権下にあって、ブッシュ、フーベルマンたちは次々と祖国を離れたが、クーレンカンプはヒットラーに気に入られたこともありドイツに留まった。

ヒットラーは「私の愛好するアーリア人の名手」と呼んでクーレンカンプを大事に扱った。

1937年には、シューマンのヴァイオリン協奏曲蘇演をめぐって、メニューイン、ジェリー・ダラーニ、そしてクーレンカンプの間で初演権の争奪戦が繰り広げられるが、もちろんクーレンカンプにファースト・チョイスの権利が与えられたことは言うまでもない。

もっとも、クーレンカンプはナチスの忠実な下僕だったわけではなく、ナチス政権下でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏することも主張したほか、レコーディングまで行っている。

彼は50歳の短い生涯であったが、クーレンカンプについてはエドウィン・フィッシャーが次のように綴った言葉が印象的だ。

「クーレンカンプは、およそ明快でないもの、曖昧なもの、真摯さに欠けるものを嫌った。真実を求めてやまない彼の生き方こそ、人間的にも、芸術的にも、最も素晴らしい」と。

この言葉からうかがわれるように、真摯さと謙虚さこそがクーレンカンプの本質なのであり、彼は作品を修行僧にも似た目でとらえ、1つ1つの音符を最大限の誠実さと磨き抜かれた技術と音色をもって音に変える演奏家と言ってよいであろう。

聴衆を熱狂させる華やかさも、ショウマンシップらしい演出からも遠い演奏家だが、作品をじっくりと見つめ、真実の言葉を捜し出すような、素朴で、力強い面をもつ音楽家なのであり、あくまでも内面的な潤いに溢れた演奏を聴かせてくれる名手であったように思われる。

しかも演奏の背後には、暖かいロマンティシズムの息づかいがあふれており、そのゆったりと水をたたえた流れの豊かさと言葉の優しさが、現代の聴き手すらも充分に感動させる。

ベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキーの協奏曲をはじめ、ソナタなどの録音も数多くが残されており、伝統的な様式感を支えに、実に安定感溢れる巨匠ならではの至芸を聴かせてくれる。

中でもフルトヴェングラーと共演したシベリウスはクーレンカンプを代表する名演の1つで、いやがうえにも1943年という時代背景を感じさせる重さと暗さをたたえた演奏で、深く沈潜していく情感のうねりに圧倒される。

協奏曲であることを忘れて、作品の素晴らしさ、演奏全体が醸し出す気迫におし潰されるかのようだ。

クーレンカンプのシベリウスへの想いは熱く、作曲家に自らの演奏についての指導も仰いでいる。

その高潔な精神性と演奏に漂う潤いは、現代の名手たちにはない奥深さと人間的な暖かさを感じさせるものであり、ヴァイオリン音楽の世界を一段と詩的に感じさせる名手と言ってもよいであろう。

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classicalmusic at 12:47コメント(0)シベリウス | フルトヴェングラー 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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