2020年01月19日

アシュケナージ引退、知・情・意の三拍子揃った音楽と演奏様式を築き上げた名演奏家


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先頃、引退を発表したヴラディーミル・アシュケナージは世界でも屈指の名ピアニストであった。

レパートリーの広さでも群を抜いた存在だが、ピアニストはいくら頑張っても管弦楽曲を演奏できない。

いや、ピアノでしか演奏できないと言うべきだろう。

かりにリストの編曲したベートーヴェンの交響曲を、いくら巧みに演奏したところで、それはオリジナルには及ばない。

そこで音楽家アシュケナージが、ピアノを越える音楽を演奏したいと考えたのは不思議ではなく、それを越える手段は指揮であり、こうして指揮者アシュケナージが誕生した。

しかし、その道は彼ほどの才能をもってしても容易なことではなかった。

もちろん、あらゆる指揮者もはじめは素人だが、アシュケナージと言えども、1974年頃指揮をはじめた当座は、その例外ではなかった。

当時の音楽愛好家は、名ピアニストが何を今更、という感を受けたに違いない。

ところがしばらくすると、それがピアニストの余技などではないということがわかってきた。

アシュケナージは各地で精力的に指揮の仕事をこなし、わずか数年間で長足の進歩を見せたのである。

ピアニストが指揮者に転向した例は昔から無数にあるが、そのなかでアシュケナージほどの成功を示した例は少ない。

そもそも彼は指揮者としても天賦の才能に恵まれていたのだろう。

その彼が指揮者としてまず集中的に録音したのが、チャイコフスキーとシベリウスの交響曲であることを知ると、指揮に手を出したのは、やはりピアノで弾けない音楽をやってみようという理由からであったことがわかる。

指揮者としてのアシュケナージは、当時の録音は統率力という点でまだ満足すべき演奏とは言えなかった。

むろん音楽的には充分に聴くべき内容があったが、まだオーケストラをうまく鳴らすことに追われている憾みも残り、オーケストラ自体が固有の合奏力をもっている場合、彼の美質が燦然と輝いたのは当然であった。

しかし1980年代後半になるともはや指揮者が本業という状態で、統率力の不安などもなくなり、高度な技術を要求されるリヒャルト・シュトラウスの交響詩を連続的に録音して、見事な成果を収めた。

こうなると、もはや完全にプロの仕事で、初期の素人芸のような粗さは薬にしたくもなく、アシュケナージの指揮者としての成熟は、誰の眼にも明らかであった。

彼は最早、知・情・意の三拍子揃った音楽と演奏様式を確実に築き上げた名演奏家であったと言わねばなるまい。

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classicalmusic at 20:02コメント(0)アシュケナージ  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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