2020年09月10日

ハプスブルク家と彼らの審美的プロパガンダ


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著者ヒュー・トレヴァー=ローパー氏は美術評論家ではなく歴史家なので、本書はハプスブルク家がコレクションした美術作品の鑑定的ないわゆる美術書ではなく、ヨーロッパに君臨した一大名家がその歴史的位置付けの中で如何に芸術と関わったかというところに中心を置いて書いている。

言及している作品の写真等は総てモノクロで最低限しか掲載されていないが、それぞれの時代の当主のヨーロッパに於ける政治的スタンスと彼らの性格やその趣味が浮き彫りにされていて非常に興味深い。

神聖ローマ帝国皇帝の座を長期間に亘って受け継いだハプスブルク家が率先してその時代の芸術家達を庇護して作品を製作させたというより、当初は自分達の肖像を描かせ、彼らの功績を誇示するための手段として利用した結果、当時を時めくアーティスト達に名作を生み出させたという実用本位の指向が理解できるが、後のルドルフの時代になるとそれが本末転倒してあらゆる手段を講じてコレクションに躍起になる姿が明らかにされている。

ハプスブルク・スペイン系では保守的な堅物で、いくらか時代遅れの壮大な陵墓エル・エスコリアルを建設させたフェリペ二世が、フランドルの画家ヒエロニムス・ボスの殆んどシュールレアリズム的な絵画を虱潰しにコレクションしていたという逸話は面白い。

敬虔なカトリック教徒だった彼はボスの作品の奇怪な斬新さにある種の宗教的な崇高さと同時に現世に対する空蝉的幻想を見出していたのかも知れない。

しかし一方でフェリペは新進気鋭のエル・グレコの作風を退けた。

その選択がエル・グレコの画家としての創作活動の明暗を分けたとも言えるだろう。

後半では実質的にルドルフの後を継いだ弟アルベルト大公とルーベンスについての考察が秀逸だ。

大公妃イサベラはルーベンスに外交官の肩書きを与えてヨーロッパ各地に送り込んでいる。

著者はハプスブルクの政治手腕について高く評価しているとは言えないにしても、最後に「彼らの審美的なプロパガンダは首尾一貫してその時代の芸術家達に刺激とチャンスを与え、彼らの天才を認識させるのに十分な自由を与えた。

この芸術保護がなかったらあの百年間の芸術は如何に違っていたものになっていたであろうか」と結んでいる。

この作品が発表されたのが1976年のことなので、もはや続編を望むことはできないが、ハプスブルク家が芸術家達の庇護者として君臨する時代はその後も女帝マリア・テレージアの庇護を求めて多くのアーティストがウィーンに集まってくる18世紀後半まで続くことになる。

しかもこの時代はそれが功を奏したか否かは別としても、彼女の更に徹底した政略結婚政策が執拗に実施されたハプスブルク爛熟期を迎えたことを考えるならば、著者の研究がフェリペ二世の統治下とルドルフ二世及びアルベルト大公の時代で終わっているのが残念だ。

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classicalmusic at 22:54コメント(0)芸術に寄す  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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