2020年06月21日

ウィーン・フィルらしさが傑出したデッカへの録音集


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2013年ドイツ・グラモフォンからリリースされたウィーン・フィル・エディション50枚組を上回る65枚組セット。

録音年代もデッカがウィーン・フィルと契約した直後の1951年から96年にかけての、どちらかというと歴史的名録音が多いのも特徴だ。

音質的にはむしろグラモフォンに優るデッカが誇った高音質がセールス・ポイントで、居並ぶ名指揮者の下で最も彼ららしい演奏とそのサウンドを堪能できる。

交響曲や大規模な管弦楽曲に関しては既に名盤の誉れに輝くものばかりだが、中でもブルックナーは第1番(1866年リンツ稿)アバド、第2番(1872年ハース版)及び第6番ホルスト・シュタイン、第3番(1889年ノヴァーク版)と第4番ベーム、第5番(ノヴァーク版)マゼール、第7番、第8番(1890年ノヴァーク版)ショルティ、第9番メータという壮観な顔ぶれだ。

現在手に入りにくくなった音源としてはCD6のモーツァルト協奏曲集が貴重だ。

1962年のセッションだが若き日のアルフレート・プリンツによるクラリネット協奏曲及びヴェルナー・トリップのフルートとフーベルト・イェリネクのハープでのフルートとハープのための協奏曲は、ウィーンの奏者でなければ出せない情緒と感性に満たされている。

彼らは後にベームとも再録音しているが、このミュンヒンガーとの協演もその精緻さと柔軟性に若々しさが加わって捨て難い魅力を持っている。

またウィーン・フィルの独壇場になるJ・シュトラウスの演奏はCD45からの一連のいわゆる軽音楽に注目すべきものがある。

クレメンス・クラウス指揮の『ニュー・イヤー・コンサート』は1951年のモノラル録音だが、ポルタメントをかけた弦楽器特有の歌心やワルツの二拍目を先取りする独特のリズム感は、現在であればあざとい奏法になってしまうところをごく自然に、さりげなくやりのけている。

それは彼らが伝統的に体得している感性に他ならないからだろう。

続くウィリー・ボスコフスキーの軽快でいくらか享楽的なウィーン趣味の演奏もひとつの典型だ。

彼らがベルリン・フィルやコンセルトヘボウと決定的に異なるところは、ウィーン・フィルがオペラの上演団体から成り立っていることで、シーズン中はシュターツオーパーのオーケストラ・ピットに入るのが本業なので、楽員であれば否応なく歌に合わせバレエに親しむことが要求される。

これが彼ら独自の音楽観を形成させているひとつの要因に違いない。

更にウィンナー・ホルンに代表されるような古いスタイルの楽器へのこだわりが相俟ってその演奏と音色に反映されていることは確実だ。

ライナー・ノーツの後半に日本語全訳が付けられているのも親切な配慮だ。

尤も日本人のウィーン・フィル・ファンをターゲットにした商法なのかもしれないのだが。

これは読み物としても面白いが、特にポール・モズリーとレイモンド・マッギルによるエッセイにこのセットの聴きどころ総てと指揮者達についての短いコメントが書かれている。

これを読むとウィーン・フィルの体質が良くも悪くも保守的であったことが理解できる。

ごく近年まで女性プレイヤーの入団を受け入れなかったのもそのひとつだし、彼らは新しい作品には常に懐疑的で、自分達より音楽を知らない(と彼らが思う)若い指揮者の登用には難渋を示したとある。

指揮者とオケの対立や録音時間捻出の問題で、デッカのプロデューサーと技術チームがたびたび振り回されたというのも無理のないことだろうが、一方でその頑固さが彼ら独自の音楽とトーンを保ってきた理由なのかも知れない。

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classicalmusic at 13:49コメント(0)ブルックナー | シュトラウス 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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