2022年03月21日
1963年秋、人間にとっての自由の尊さを訴え、日本の聴衆を驚愕させた《フィデリオ》、ベーム&ベルリン・ドイツ・オペラによる日生劇場こけら落し公演の貴重な記録
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ベートーヴェンが作曲した唯一のオペラである《フィデリオ》は、様式的な不統一も目立つし、見る者をオペラの鑑賞というよりも、宗教的な儀式に参列したような思いにさせて終わるオペラ史上特異な名作である。
というのは、オペラ・ブッファとジングシュピールとを混ぜ合わせたような始まり方からシーリアスなオペラへと移行し、最後の場ではオラトリオに近い性格なものになるからだ。
その間の男女間の愛情の描き方も他の多くのオペラとは違っていて、形而下的な官能性を排除して形而上的な愛の追究に終始している。
だが、それでいてすぐれた上演に接したときの感動は他に比べるものがないほど大きいと思われる。
ここにご紹介する1963年10月、東京・日比谷の日生劇場のこけら落としに初来日したベルリン・ドイツ・オペラの《フィデリオ》がそうであろう。
ベルリン・ドイツ・オペラの4つの演目の中でも、最高の凝集度と説得力を発揮していたゼルナーの演出を伝えられないのは、音だけのCDゆえしかたない。
それでも、当時まだ69歳で、老け込む前のベームの指揮、ときの総監督ゼルナーの象徴主義的名演出による熱気をはらんだこの公演のライヴが、予想を上回るいい音でCDに収められているのは幸いだ。
指揮者として全盛期の絶頂にあった指揮の下で、名歌手たちがオケ・合唱と一丸となって盛り上げるアンサンブルの素晴らしさに圧倒される。
レオノーレとフロレスタンには当時30代で声の充実度が絶頂に達していたルートヴィヒとキング、また、ロッコとピツァロにはともにオペラ役者として円熟境に達したところだったグラインドルとナイトリンガーを起用した配役も理想に近い。
これらの名歌手を、絶頂期にあったベームが強い統率力と推進力に溢れた指揮で、力強くまとめ上げている。
ベートーヴェンが真に求めたであろうその本来の姿が堂々と浮かび上がってくる感動的な名演である。
ホールは残響が皆無なので、序曲はこちこちに固まった色気のない音で、全盛期のベームの凝縮し切った迫力が強調されて表われる。
幕が上がってからも演奏の緊張力は半端ではない。
速いテンポの「囚人の合唱」など、ときに乱暴、ときに下手くそに思われるほど表情が強調されており、迫真のドラマとはこのことだ。
第14番の四重唱ではオケが怒り、凄いスピードで猛烈にたたみこむ。
「レオノーレ序曲第3番」もなりふり構わぬ怒濤の迫力で、テンポの動きが激しい。
ベームはこの序曲を第2幕のフィナーレの直前に演奏しているが、最初の和音が鳴ったとき、本当に鳥肌が立った。
前述の歌手はレオノーレ役のルートヴィヒ、フロレスタン役のキング、いずれも感情移入がすごく、スタイルの古さを感じさせるが、ドラマが比類なく生きていることは確かであり、とくにピサロ役のナイトリンガーの邪悪さは格別だ。
指揮も申し分なく、歌の出来もこれだけムラのない全曲盤は他にあるまい。
人間にとっての自由の尊さを訴えたこの祭儀的な音楽劇のCDのまず筆頭にこれを挙げたい。
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